[コメント] 天国の日々(1978/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
ネストール・アルメンドロスによる映像の美しさ、特に夕陽に染まる光景の、一日の甘美な終焉の情感が素晴らしい。そうした画に被さるサン=サーンスの音楽(“動物の謝肉祭”より「水族館」)。その、どこか霧のように茫洋とした旋律と、ガラス細工が崩れ落ちるような、繊弱で儚い旋律。もうこれだけでシーンが成立するわけだが、飽く迄も「シーン」が、であり、「映画」が確固として成立していたかには、多少の疑問を覚える。
激昂したチャック(サム・シェパード)がアビー(ブルック・アダムス)を罵りながら後ろ手に縛るシーンや、ビル(リチャード・ギア)が水面に顔面から沈んで絶命するシーンなど、劇的な場面でさえ、瞬間的なショットのインパクトのみで演出されている。観客が何らかの感情に浸り込む暇を与えぬその潔さは、ドラマを見せる上で必要とも思える「溜め」や「引っ掛かり」を遂に画面にもたらさない。
だが、これを単に演出の拙さだとして否定したり、既存の映画に倣った演出でドラマを成立させろとは言いたくない。その、淀みなく流れる時間演出は、一時の儚い夢物語という印象を強めもしている。むしろこの演出に乗っかる形で、更にプラスアルファが求められるべきところだろう。
遠近感を強調するべく遠くに人影を配するなどした麦畑の広大さが、リンダ(リンダ・マンズ)ら三人に与えられた「豊かさ」や「自由」を視覚化し、それ故に、その畑が炎に包まれるシーンは、四方が炎と化すことで、「広大さ」から一転、逃げ場の無い地獄に置かれる状況の変化をも見せてくれる。畑を食い荒らす貪欲なイナゴの群れは、チャックからすればビルと同類であり、彼に向けて振り回したランプが畑に引火するのは作劇上の必然だろう。
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