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[コメント] セント・オブ・ウーマン 夢の香り(1992/米)

演説を聞きつつ思ったことは「そうか、私の魂は腐りきってるのか…。」ということばかり。退役軍人の孤独や絶望と再生、ニューヨークでの細かいエピソードなどがよかっただけに、学園での事件をめぐる部分が全く受けつけられず残念。
tredair

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ことのはじまりとなるあの幼稚なイタズラに、まず何の魅力も感じない。

本当に校長と理事のあいだにある「裏取り引き」などに怒りを感じてるなら、もっと発展的なことをしろよ。と激怒。きちんと裏をとって正々堂々と直談判するなりマスコミや司法を通して告発するなり、他にもやり方はいろいろあるじゃん。

あれじゃー、ただのイジメ・ショーだよ。それによってあの校長の何が変わったというのだ? 彼が何を改心したというのだ? よりひねくれちゃっただけじゃん。

あーゆー、正義面しておいて当事者を勘違い方向で叩きのめすようなやり方、つまり、単なる鬱憤晴らしも入ってるんじゃないの?というやり方、どうも好きになれない。あの三人組はただの馬鹿な(しかも性悪な)いじめっこじゃん。よく日本のマスコミもやってるけど。信念があるわけじゃなくて、単にターゲットがほしいだけなんでしょ? という感じで。

野村サチヨや林マスミが何をしたというのだ、どこも悪くないじゃないか、とまでは言わない。でも、世間一般のオーバーヒートぎみなバッシングは異常だった、と私は思う。周りが騒いでるからだんだん腹が立って来ちゃったんだよね、それでつい、いっしょに殴る蹴るしたくなったんだよね、事件とは関係ないプライバシーも突っつき回して罵倒して、でも「自業自得」とか言ってまとめちゃうんだよね、別にずいぶん前からそのことに心を痛めていたわけじゃなくても、なんとなく雰囲気に流されて(なぜか)強い被害者意識まで持っちゃうんだよね、と。

そして私は、そーゆーことに無自覚な人たちをかばう理由なんてあまりないんじゃないの、と常々思っている。被害者のフリした加害者だなんて、かばったって何の意味もないじゃん、と。堂々めぐりどころか更に加速させてどうすんだよ、と。

とゆーわけで、冒頭の単なるボンボンの悪ふざけから怒り沸騰。しかも、そんな奴らのことをかばって、それが「正しいことだ」と誉められるのにも辟易。それが本当に正しいことなの? 本当に正しいことをしたければ、いっそのこと校長と取り引きしてハーバード進んで偉くなって、で、社会を根本から変えてみれば、とさえ思う。別に「踊る大走査線」ファンってわけじゃないけど。

でも、あれが正しいことならば、(これは極端な例だけど)「○○君たちはいつも△△君をいじめてるんですけど、このあいだ、ちょっとひどく殴りすぎて△△君が死にそうになっちゃったらしいんです。偶然○○君たちがそのこと話してるの聞いちゃったんですけど。で、どうも△△君は意識失ってるからか家にも帰れなくなっちゃったみたいで、警察の人とか学校にいっぱいやって来たんですよ。テレビ見たら△△君の両親も泣いて捜してるし。でも、オレは告げ口するような人にはなりたくないしそれは<正しいこと>じゃないから、先生に聞かれたときも " いじめてた人は知ってるけど言えない。"って言いました。たぶん彼らなら居場所も知ってるんだろうけど、チクリ野郎なんて思われたくないしね。そうしたらもう、大絶賛されちゃって満場の拍手で。てへっ。やっぱりこれこそが<正しいこと>なんですよね!」みたいなことにもつながるんじゃないかな。なんて。

いや、大げさな例だとはわかってるけどね。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)鵜 白 舞[*] ガンダルフ[*] peacefullife[*]

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