コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか(1984/日)

甘い夢と劣等感
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







超時空要塞マクロス』は甘い映画だ。

主人公は偶然のいきさつから、アイドル歌手リン・ミンメイと2人きりの時間を過ごすことになる。主人公はハナからミンメイのファンだったが、ミンメイはこの時にはじめて主人公を知り、主人公を好きになる。「過密スケジュールの中でホッとする時間を偶然共有した」のだから、天下のアイドル歌手リン・ミンメイが主人公を好きになってもおかしくないのかもしれない。

主人公は女性将校の早瀬美沙とも、偶然のいきさつから2人きりの時間を過ごす。ミンメイのときは要塞マクロスの機関部だったが、今回は絶滅した地球で2人きりという絶望的なシチュエーションだ。さらに期間も一ヶ月と長かった。荒廃した地球に若い男女が2人きり、これはもう惚れないわけがねえと。恋に落ちないわけがねえと。煮えて当然だというわけです。2人はくっついて、観客もそれに納得する。

否応なしに2人きりの時間を過ごさなければならなかったことで、主人公は2人の女性と恋に落ちた。なるほどこれはそれなりに納得できる話ではあるのだが、この同パターンの2つの話からは少し違う匂いも受け取れる。それは「外界から隔絶されて美女と2人きり… そんな奇跡でもあれば、こんな何もないショボい自分でもカワイ子ちゃんから愛されることがあるかもしれない」という、劣等感が生む甘い夢だ。

主人公の一条輝は、なんでもない少年だ。天才でもないしニュータイプでもない。破天荒ですらない。それなりに育ちがいいだけの、どこにでもいる平凡な少年だ。一見薄っぺらいこのキャラクターに観客が自分を投影できたのは、劣等感を共有し、ともに甘い夢を見たかったからに他ならない。主人公が二枚目に描かれているのもギリギリの嘘で、あれがもしブサイクだったら、それはリアルかもしれないけれどホラ、やっぱり悲しいじゃないですか。

主人公が早瀬美沙と地球でイチャイチャ肉体関係を結んでいる間に、ゼントラーディにさらわれたリン・ミンメイは彼らの意識を変え、地球人との間に和平を結ぶ架け橋となる。しかしその間のミンメイの冒険は、驚くべきことに映画の中で一切描かれないのだ。

主人公と早瀬美沙のイチャイチャがあって、マクロスに救出された2人がマクロス内部の街に流れるミンメイの歌を聴いたとき、主人公はミンメイが遠い存在になったことを知ったという。言うちゃ悪いけどこれはただの欺瞞で、「ミンメイとは結局寝なかったけど早瀬美沙とは寝た」「ミンメイはアイドルだからつきあいがめんどくさいけど早瀬美沙は同じ軍人だから楽」とか、実態はせいぜいそんなようなところだ。そんなたわけたことを主人公が考えている間に、ミンメイはゼントラーディとの間に和平を結んで帰還する。

本来ヒーローがやるべき大仕事をすべてミンメイが成し遂げ、しかもそれは一切描かれず、ヒーローたるべき主人公はひたすらイチャイチャしているだけなのだ。主人公の兄貴分であるロイ・フォッカーの存在が象徴的で、彼が主人公に伝授するのは闘う男の心構えなどではなく、「女は強引に口説け!」という北方謙三チックな恋愛指南なのである。悩みがあるならソープへ行け!

女々しいと言ってしまえば女々しいのだが、しかしこれは当時としては画期的な女々しさでもあった。この映画が公開された80年代ド真ん中にはそういった時代の気分が間違いなくあったし、この映画はあの時代にしかない空気を確かに捉えている。星飛雄馬が苦しみぬいて魔球を生み出す時代は過ぎ去ってしまった。『マクロス』はヒーローが当然するべき冒険、負うべき苦痛や受けるべき傷をオールすべて全部回避して、イチャイチャと甘い夢の中にだけ生きる映画だ。しかしその根底には作り手と観客の「オレたちには何もない…」という劣等感があり、悲しいかな同時代を生きてその劣等感の苦さを理解できるオレとしては、この甘い映画をただ甘いだけの映画として切り捨てることはやっぱりできないのです。甘いと同時に、苦い映画でもあるのです。ダメな映画と判っていても守りたい映画なのです。ホントは理解したかったわけでもないし、こんな映画は切り捨てて強く生きてゆきたかったんだけど、やはりそうもいかなかった。オレには無理だった。いくらダサくても、やっぱりリン・ミンメイは眩しく見えた。歌で戦争を終わらせるなんて、ビートルズの100倍偉いよ!

この映画以降、アニメがオタクに見せる甘い夢には限度というものがなくなってしまった。まさにブレーキの壊れたダンプカー状態である。『マクロス』が根底に持っていた、女々しいゆえの苦さも失われてしまった。なんとなく寂しい気持ちなのですが、まあそんな寂しさはそれこそ女々しい繰言だから、誰も聞いちゃくれないというわけです。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (6 人)pori パピヨン 新町 華終 甘崎庵[*] ハム[*] たかやまひろふみ

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。