[コメント] アイズ ワイド シャット(1999/米)
新しい解釈。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
まずは人間嫌いキューブリックが思い続けた理想の清楚な古典的性と実際流通する性との狭間で葛藤する自分、かつ仕事と私生活の混同から生じる様々な性の狭間で苦悩する自分をトムクルーズに演じさせている遺作映画と読みました。
そして自己流にだいぶ深読みすると、新世紀21世紀における人類の価値観は人口増加とそれに伴う人口と労働者の流動化による異文化の融合の際に生じる問題で人々の混乱は回避できないとキューブリックは断定気味仮定をした。特に超大国アメリカの人々(トムクルーズにぶつかった若者達がその象徴)は現にイスラムを理解しきれていないし、最近ではオーストラリア政府(屋敷内の人々がその象徴)の時代錯誤な白豪主義復活見られるように。
そして自分は異文化に対してのスタンスをどうするのかとなり、キューブリック自身の答えは、急激には変えられないから自然融合して行こうとなって曖昧な部分との共存を選択しそれが作中に表現されて、屋敷になり未解決で終えたのである。なぜ性を題材にしたのか?それはやはり文化の違いがより顕著に出るのが性だからだろう。
そう強引に決めつけて考えると、やはりキューブリックは社会に敏感で映像に情熱を燃やしキリスト教圏とイスラム教圏つまり文化の衝突を予知した神憑かり的先見があるミラクル偉大な監督だ。
無理?こんな考えもどう?
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