[コメント] 秘密(1999/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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ラストシーン、腑に落ちない人、話的に納得いかない人いっぱいいると思う。このレビューでそんな人達が、ちょっとでも気が済めばと思う。いや、話的に納得できたら、さらに気が済まないかもしれないけれど……。
結局、藻奈美は戻って来なかった。結局、ずっと直子のままだった。 二人にとって、いや藻奈美も含めた家族にとって藻奈美になる事が最善の方法だと直子は悟ったのだろう。母と子の入れ替わりの手紙のやりとりもビデオレターも夫への言葉ひとつひとつが全て直子による藻奈美のふり。それは奇しくも直子自身が藻奈美になる為のリハビリだったのかもしれない。
岬灯台での言葉「父さん、私、戻ってきて良かったのかな」は直子にとって夫への最後のテストだったのかもしれない。もしあの時、平介が違う答えを言ったならあるいは……。「もうこれで直子はおしまい」は直子が藻奈美として生きる決心をした言葉だった。母を妻を捨て娘として生きる道を歩み出した第一歩だった。直子の最後の言葉「ありがとう、忘れないでね」と藻奈美の最初の言葉「母さんの分まで生きる」あの時、流した涙は母との別れの涙ではなく今後もずっとそばにいる夫との別れに泣いていたのだろうか。切なすぎる直子の選択に泣けた。その後、藻奈美が戻ってきた事になっていた数年間を直子はどんな思いで夫を父と呼んでいたのだろう。
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では、なぜ直子は最後に直子である事を平介に告げたのか。腑に落ちない点だろう。これはぜひ2度見てほしい。広末の演技の素晴らしさが分かる。平介が気付いた時、藻奈美(直子)は微笑みを消し気まずそうに目をそらし慌てて手をひっこめている。直子は告げる気なんてなかったのだ。ぬいぐるみの中身を知っている直子は、ぬいぐるみを気にしてる父ではなく、ぬいぐるみの中身――指輪を気にしてる夫を見てしまったのだ。だから、ついつい妻の行動をとってしまったというだけ。
ぬいぐるみを見て平介は「これ持ってくのか」と2度言った。 1度目は中身を知らぬはずの娘に対して。2度目は中身を知っている妻に対して。“愛する娘”はくったくなく頷いたが、“妻”は愛し気に夫の指輪を撫でた。撫でたのだ、確かに。平介が「これでよかったんだよな」と尋ねた時の、直子の表情は確かに未だ愛する夫に向けられたものだった。愛する夫の問いに答えようとしたその瞬間、新郎が入ってきて……切ない。悲しすぎる。もっと早く気付いていたら、もしかしたら……。
いや、気付いていても結局辛いのだ。辛いからこそ、娘として生きる道を選んだのだ。なのに夫は気付いてしまった……。しかし、もしかしたら直子は夫に気付いてほしかったのかもしれない。気付いてほしかった事に今更、気付いたのかもしれない。結局、どの角度で切っても癒されない。
平介は二発目を殴る前に「おめでとう」と言った。この言葉も腑に落ちない点かもしれない。でも実はこの「おめでとう」は最初の一発が娘をとられた父の一発である証しなのだ。妻と知りながら確かに娘をとられた父としての一発だった。直子は……娘として祝いの言葉を受取らねばならない。受取らねばならないのに、なのに……あの長い最後のワンカットの表情……あんなにいくつもの思いをはらんだ表情をぼくは見たことがない。微笑みながら憂い、戸惑いながら喜び、迷いながら祈っていた。
夫は「娘として生きろ」と言ったのだ。やっとの事で娘として微笑み頷いた彼女だがすぐに顔を伏せた。そして彼女は心の中でこう言ったのだと思う。「藻奈美、ごめんね。最後にもう一度、もう一度だけ直子にならせて。父さんがね、母さんのために彼を殴るの。この人が私の夫である最後の姿なの」
顔を伏せた彼女にこのセリフをあててみてほしい。エンドロールが流れる直前の彼女の顔は妻の顔だったと僕は確信している。描かれていない2発目はさぞ強烈だったはずだ。そうでなければ、やりきれない。
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