[コメント] クレイマー、クレイマー(1979/米)
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1960年代終わりから70年代前半に流行ったニューシネマ・ブームが一段落し、70年代後半から80年代初頭にかけてハリウッドは新しい映画を模索し続けた(正確に言えば、この時代のみならず、常に模索していくのが映画産業という奴だが)。様々な試みがなされたが、本作もその一環と言える。そして、この流れは今もなお脈々とハリウッドの良心的映画を作り続けている。
現代の普通の家庭を例に取り、時流を取り入れつつ、外から見たらちょっとした、しかしその家庭にとっては大変重要な事件を取り上げる。リアリティ溢れるファミリードラマなのだが、不思議なことにこれまで映画ではこの手の作品を取り上げることはほとんど無かった。盛り上がりもオチも弱いし、映画館という魔法の空間に呼ばれているのに、なんで現実感を見せる必要があるのだ。と言うのが理由なのか?とも思うのだが、現代映画はこういう作品を無しにしては語ることが出来ない。実はニューシネマを通すことによってようやく本作が作られるようになったとも言えよう。そもそもニューシネマはそれまでの映画界を支配してきた“見立て”(約束事)を取っ払うことによって成立した。その中には過激なものも多数存在したものの、見立てを取り払うことによって、リアリティというものも同時に手に入れることに成功した(『真夜中のカーボーイ』(1969)なんかはその辺の描写が見事に際だっていたのだが)。ニューシネマ流行の時はそれに気付く人は少なかったと思うのだが、ニューシネマが廃れてきた辺りから、その有効利用に気付き始めた。最もそれに敏感だったのがウディ=アレン監督で、そのリアリティを持ち出して現代を描いた『アニー・ホール』(1977)は大成功を収めることが出来た。そう言う意味では本作はそのまま『アニー・ホール』を受け継いだ作品で、翌年の『普通の人々』(1980)にバトンを渡すことによって、このジャンルの地位を確立した作品とも言えるだろう(言うまでもないが、この三作は全部作品賞オスカー受賞作)。それにこのタイプの作品は、年代が代わろうとも普遍的な良さを持っているものだ。何年経って観ても、心地良い感触を味わえる。今更ながら難を言えば、劇場で観たかった作品だった。
本作の狙いは「今」を映し出すこと。ここでは70年代のアメリカの離婚社会がその題材に上げられているが、離婚そのものを決して単なるマイナスに捉えることなく、それによって得られる新しい価値観を出すことにも成功している。それはテッドとビリーの食事シーンにもよく現れているだろう。家事をやったことがないテッドは自分が料理できないという事実をそれによって突きつけられることになるが、同時に、いくら癇癪を起こしても、子供を叱っても、食事が出来るわけではない。自分自身が変わらねばならない。という厳然たる事実もそこには突きつけられる。そして、あれだけ大切に思っていた仕事よりももっと大切なものがあることに気付く。その自分探しの過程と、その中で今まで全然見えてなかった人間関係を見いだしていくあんばいが大変心地良い。
ただし、それは本人の心の変化であって、基本路線では離婚という事実は変えられず、息子のビリーはどちらか一方にしか面倒みることが許されないという厳然たる事実がそこには横たわっている。離婚とは単に離れるだけでなく、その後のきつい裁判騒ぎが待っており、妥協が許されない。本作の場合、ラストに救いが持ってこられるが、仮に持ってこなくても物語としては成立する。ラストがどういう形を取ることもあり得、そしてそれぞれに納得がいく物語が作れるというのも、リアリティの高い作品の強みだ。
個人的には本作は食事シーンの良さに尽きると思ってる。最初のフレンチトーストの失敗が、ラストの見事な連携につながるのは印象的だが、途中端々に出てくる何かを食べてるシーンが生活臭を上手く演出出来ていた。
かつて『卒業』(1967)、『真夜中のカーボーイ』と、ニューシネマの代表作に出演して話題をさらったホフマンだが、決してそれだけにとどまる存在ではないことを本作で証明して見せた。本作で普通の父親の役も出来ることを証明し、更に進んでオスカーを受け取ることで、新しいタイプの作品にも意欲的に出演しようと言う心構えを見せてくれていた(本人のオスカー受賞スピーチは「仲間との競争が嫌でオスカー嫌いだったが、今は皆の代表としてこの賞を受け取りたい」だった。大人になったって事だ)。そうそうビリー役のジャスティン=ヘンリーも最年少のアカデミー助演男優賞ノミネートというおまけも付いている。
ちなみにここで使われた音楽はヘンリー=パーセルが17世紀に作ったものだが、見事に画面にはまっている。
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