[コメント] 一瞬の夢(1997/中国=香港)
映画を見終った人むけのレビューです。
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街頭スピーカーから発せられる政府の告知は、犯罪への取り締まり強化を宣言し、青年は裏の世界にも暫く居場所を失うことになる。恋人になりかけていた女は煙のように消え、家族の許に帰っても、そこは自分の居場所ではない。
彼と他人との接点が顕れ、彼もまた皆と同じ世界に住んでいるのだ、と僕らが感じ取れるのは、最後に青年が逮捕されてからの、一連のシークェンスだ。テレビで街頭インタビューに答える人々が、彼に対する軽蔑の言葉を吐く。皆が、彼の名を口にしているのだ。ポケベルが鳴り、彼を見棄てた筈の女から、「幸運を祈る」というメッセージが送られてくる。彼は、忘れられてはいなかったのだ。警官に、町中で手錠を掛けたまま待たされている間に、人々が集まってきて、彼を凝視する。青年は、他人から無視される存在ではないのだ。これは、実業家として成功した元相棒の立場に、青年が最も近づいた瞬間ではないか。
それにしても、青年が、腹痛で店を休んだ女を見舞って、彼女とベッドに並んで会話を交わす長回しのシーンでの、窓から射し込む光の白さ。それと、青年が吐くタバコの煙の白さ。タバコの煙などというものが、これほど美しく思えたのは初めてだ。そして、二人を包み込むような、町の騒音。青年が、歌の代わりに女に聴かせる、蚊の鳴くような電子音の奏でる“エリーゼの為に”の、奇妙に冷めた優しさ。
この映画は、とにかく色彩が目に沁み込む。被写体の汚れにも、味わいがある。それはちょうど、騒音が妙に耳に愉しいのと同じく、そこに人々の生活が生々しく感じ取れるからだ。青年と共に町をふらふらと漂うカメラは、雑然とした風景をフレームに収め、浮遊した時間の中に置くことで、町そのものに別の生を与えたように思える。徹底的に空虚であるが故の、奇妙だが、純粋な充足感。
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