[コメント] グッドモーニング・ベトナム(1987/米)
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耳にこびりつくロビン=ウィリアムズのマシンガン・トーク。人を小馬鹿にするのがジョークの基本とも言えるが、その毒舌は見事に昇華していた。彼のしゃべりを差別発言とは言わないで欲しい。ジョークとは常にこういう際どいものだ。否、際どいからこそ、ジョークになる。それを真面目に取らないで。前線で戦う兵士を全く描かず、基本的にサイゴンの一部だけで物語は終了する。ひたすらクロンナウアーのしゃべりを中心としたという、面白い構成を持った映画。
ウィリアムズの作品はいくつかの方向性を持つ。一つは荒唐無稽なSFっぽい作品。『フック』、『フラバー』、『ジュマンジ』など、多数に渡る。これは彼の個性と喋り口、そしてアクション性を活かし、コメディ方向で彼の才能を見せつける。もう一つは実録を扱った作品で、『レナードの朝』、『パッチ・アダムス』など、何故か医師役が多い。ここではむしろ方向性は逆に向き、しんみりした個性を見せてくれる。そのどちらも共通するのは、目で見えていようが、見えていまいが、相手を本当に大切にすると言う点が挙げられるだろう。相手を思い遣りつつも、自分も幸せになろうと言う姿勢が見えるので、あまり偽善的に見えることが無いという、ある意味とても得な役どころで、それが嫌味に見えないところが彼の強みではないかな?そんなウィリアムズが私は大好きだ。
この映画は実話ベースの作品だから、パターンとしては後者だが、クロンナウアーの明るさに対し、回りの状況はあまりにも切実すぎた。前線の兵士に力を与える役の彼自身が明るく振る舞えなくなる。その矛盾と彼に対する期待と陰謀。本当にキツイ状況だ。
クラウン(ピエロ)は自分が楽しんではいけないという。むしろ人の悲しみを吸収し、その悲しみを昇華させることによって、人に笑いを与えるのだという。ここでのクロンナウアーはまさにクラウン役だが、その負うべき重さが、彼の身体で受け止めるには重すぎたのだ。多分。
故にこそ、微かな救いを見せつつも、物語は物悲しく終わる。残された兵士はこれからますます泥沼化するヴェトナム戦争に身を投入することになる。クロンナウアーの与えてくれた明るさを忘れても…
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