[コメント] 人狼 JIN-ROH(1999/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
『紅い眼鏡』『ケルベロス』、そして漫画で藤原カムイと組んで作り上げた「犬狼伝説」。押井守は何度となくこの物語を世に出してきた。それぞれ設定が微妙に違っているが、その内の漫画版をベースに作られたのが本作(漫画版でも「人狼」なる組織には言及あり)で、漫画版を補完する一エピソードとして作り上げられている。
本作の舞台は昭和30年代をベースとしており、明らかに現実にあった安保闘争をその背景としている。高校時代に学生運動に参加したという押井氏らしいエピソードと言えよう。そのため監督の沖浦啓之氏も随分勉強されたらしい。緻密な設定と細かい描写が心地よい。端的に現れるのは市電の描写やホイルスピンするRR車の走り方などを見てもらえば分かるし、家電や銃器に至るまで全ての機械類も描写が凄い。設定に関してはひたすらマニアック。(プロテクト・ギアのデザインは『紅い眼鏡』『ケルベロス』『人狼』では微妙に違う。更に銃器もMG34からMG42へと変わったとか…別にどうでも良いことか)
ストーリーに関してだが、押井氏はかねてからこれは「赤ずきんちゃん」と「狼」のラブ・ストーリーなんだ。と言っていた。「狩る者」と「狩られる者」。その位置関係は不変であっても、その中に心の交流が生まれる。その位置関係が興味深い。最初「騙す」少女の圭と「騙される」狼の伏。それが「助けられる」圭と「助ける」伏とに変化。そして切ないラブ・シーンを経た後、真実を明かす伏。その時、二人の位置関係は本来の「少女と狼」の物語へと変化する。絶望的に叫ぶ圭に対し、一瞥さえしないプロテクト・ギア姿の伏。あったはずの心の交流は一旦ここで途切れる。そしてラスト・シーン。ここで途切れたはずの心の交流が一瞬だけ、しかも切なく再現される。間違いなくこれはラブ・ストーリーだ。
この作品は押井氏がメガホンを取ることなく、沖浦啓之氏の初監督作品となっている。それは成功。押井氏であればこんなリリカルな作品を撮ることは出来なかっただろうから。非常に質の高い作品。私としてはクライマックス・シーンでの圭の叫びは虚しく響いたけど、それ以外は予想以上の出来だった。
<付記> ちなみにこの作品の監督沖浦啓之は、『Talking Head』で明らかに彼に模したキャラが出ていたりもする。職人気質の彼に監督を任せた押井守の慧眼には恐れ入る。(何でもこの作品を製作するに当たって、『攻殻機動隊』制作時に、押井氏が「誰でも良いから一人成長させよう」という発言によって決まったとか(笑))当時押井守は『アヴァロン』及び幻となった『G.R.M.』の制作にかかっており、手が離せなかったらしいが…
それで完成したこの映画。何と一年半も倉庫に眠ったまま。真面目な話、本当に後悔されるかどうか、ファンの間では相当の危惧があった。先行試写をした「夕張国際ファンタ」にわざわざツアー組んで観に行った者もいる(その時は私にもお誘いが来たが、仕事上の都合で不可だった)。そこで沖浦啓之と直接話し、友達になった人もいる。惜しかったかな?(笑)
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (5 人) | [*] [*] [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。