[コメント] 人狼 JIN-ROH(1999/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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始まりが『赤い眼鏡』だったことが象徴しているように、その世界観の中でプロテクトギアだけが突出していたのが、今までの一連の作品だった。
ブチメカ(※1)としてではなく、あくまでも「犬」としてのプロテクトギアが押井的世界で居心地悪そうにしている印象もあったのは、犬の視線で獣の物語を追うことができない観客の「落ち度」だったのかもしれない。
しかし、この作品で、プロテクトギアや物語そのもののディテールが、やっと実体化したような気がする。映画にしろ、漫画にしろ、部分的にでも押井守の手を離れたことによってクリアになる何かがあったとしたら、なんとも皮肉なことにしても。
“永遠の70年安保”を生きる押井にしてみれば、沖浦啓之の語り口は甘過ぎるのかもしれない。しかし、どれだけ彼が安田講堂で篭城戦(※2)を続けていたとしても、社会は、時代は、常に動き続けている。別の切り口が加わることで、より一層楽しめるような作品になったことを、素直に歓迎したい。
ところが、ウエットな要素を添加することで、押井世界をわかりやすく解体しようとした沖浦も、ラブストーリーとしてはまるで舌足らずになってしまったのは、彼も押井組だからこそか、と感じる部分もあった。
これまでに押井の描いてきた恋愛は、ラブアフェアというよりは、大義に殉ずるエロス的な要素の方が強かった。しかし、沖浦は徹底的にメロウに男女間のラブストーリーを描こうとしていたのはわかる……にしても、「狼と赤ずきん」という構造やディテールやにとらわれすぎてしまい、リアリティーもなければエロスもない絵空事にしかなれなかった。情感を描こうとしながら、結局は大義コンシャスな押井節以下になってしまうのでは、本末転倒だ。
ともあれ、世界観の完成(完結?)が功を奏してか、架空の戦後史としてのこの世界は、ポリティカルフィクションとしては出色の出来。荒唐無稽な、いわゆる「架空戦記物」の類いの「タラレバ」とは一線を画している。冷静に細部まで詰めたディテールのおかげで、恣意的に作りこまれたシミュレーションとしての歴史や社会を、イマジネーションとして素直に楽しませてもらうことができた。これからも、この世界の物語を見せていってほしいと、期待している。
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※1 プロテクトギアやパトレイバーのメカデザイナー、出淵裕がデザインしたメカのことを、その昔のロボットアニメ時代、こう呼ぶことがあった。
※2 そんな彼が東大で教鞭をとることになったというのは、なんとも不思議な気がする。
余談
劇場公開時に、パンフレットとして販売されていたのがプレスリリース。小規模公開の作品なのでしかたなかったのかもしれないけれど、ストーリーがかなり目立つ形でネタバレ。伏が人狼の一員であることが、相関図に大きく書いてあった……ヒドイや。
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