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[コメント] フルスタリョフ、車を!(1998/仏=露)

カメラと人の動きの騒々しさ、ビシッと決まった構図にも漲るエナジーは『フェリーニのローマ』に匹敵する。互いに衝突し意味を叩き割り合う声声声が飛び交う不条理な空間は、雪の白、ランプの灯りの白、カーテンの白でホワイトアウトしつつ炸裂し続ける。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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ピュイ!っと口笛が響き、犬が積もった雪をサクサクサクと踏みながら歩くショットや、ボイラーマンが門の前でスイッチに触れた時に派手に飛び散る火花、雪が降りしきる道を複数の車がヘッドライトをぼうっと光らせながらやって来るショット、更には、樹の枝に留まったカラスの黒々とした体に貼りついた雪の白さと美しさ!等々の果てに、蒸気機関車と一体化したかのように、禿げ頭にコップを乗せ、口からはタバコの煙を吐く将軍が、そのまま線路の向こうへ消えていくラスト・ショットに至る。まさに「何が何だかワケが分からないけどすごいパワーだ!」(マーティン・スコセッシ)。

尤も、ただ騒然としているわけではなく、スターリンという父権的権威の抑圧が、この乱痴気騒ぎの大元であるらしいことは、狭く騒がしい部屋の中に時おり現れるスターリン像が暗示している。更に、題名でもある、スターリンがいまわの際に側近を通じて命じた「フルスタリョフ、車を!」は、側近を通じて、という所に、口も利けなくなった彼の不能性が表れていると言えないか。劇中でのスターリンは泡を吹いているだけであり、「最期の屁」をさせる為にでっぷりとした毛むくじゃらの腹をこねくり回されたりと、されるがままの存在なのだ。

印象的なショットである、傘が唐突にバサッと開くイメージは、月並な解釈かも知れないが、勃起の暗喩ともとれる。劇中で二度開いた傘が三度目の登場では閉じたままで持っていかれてしまうのも、不能性や去勢を意味していると見ても、あながちこじつけではないように思う。実際、スターリンのような髭を生やした将軍はその禿げ頭が亀頭に見えるくらいに男根的存在として女や子供たち患者たちを保護下=支配下に置いているが、秘密警察に捕らえられて後、男根を模した棒を尻に突っ込まれるわ、男のモノを咥えさせられるわで、散々に犯される。男としての威厳は台無しだ。

その将軍が医者としてスターリンの部下たちに迎えられる辺りで、いったんはその威厳を取り戻しかけるが、身動きすることも喋ることもままならないスターリンは、股間を小便で濡らしていることも看護婦に気づいてもらえない。自らの病院で自分の偽者に手を焼いていた将軍は、自分の男としての威厳を失墜させた後に回復させもした国家的権威が、衰え朽ちゆく惨めな肉体として現れ、そのまま死んでいくのを、ただ見ていることしか出来ない。この、醜く老いたスターリンは、側近から「父」とも呼ばれるのだが。

思えば、将軍が吊り輪に上下逆さにぶら下がって食卓を見た時に、そこに居る筈の皆の姿が見えない、というあのショットは、逞しく雄々しい権威に支配され続けたロシアを逆さまに見るこの映画を最も象徴する映像であったのかも知れない。

語り手の少年は、状況に対して無力な存在で、彼もまた、少女たちにズボンを脱がされて下半身を露出させられている。ナレーションの声は既に老いた声であり、ここに、スターリン=将軍=語り手、という三重構造を見ることも可能だろう。

映画は、少年の視点で描かれているわけではなく、むしろ大半が、彼の知り得ない、他人から聞かされている可能性もあまり無さそうなエピソードで構成されている。だが時々、被写体である人間が、カメラに向かって話しかける箇所がある。観客は、肉体を持たない観察者の立場に安住させてもらえず、当時のロシアの人々が誰かれなく巻き込まれていた空気に放り込まれ、目撃者=当事者として、あの狂った乱痴気騒ぎに参加させられるのだ。挿入されるナレーションは、この「当事者」性を加味し、またこの語り手の見なかった光景をも目撃する者としての観客の立場を際立たせていたように感じられた。

「チュッチュッチュッ」とか「ポンポンポン」とリズムを口ずさみながら交わされる台詞の応酬は、殆ど音響詩のような単なる音の破片に近接する。それが映像のダイナミックな動きと絡み合い、当時のロシアの人々の生活を、沸騰する煮込みスープのように観客の耳目に押し込んでくるのだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)寒山拾得[*] けにろん[*]

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