[コメント] フルスタリョフ、車を!(1998/仏=露)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
ギシギシに詰め込まれた人物群の際限ないお喋りや振る舞いは、アンゲロプロス流に歴史が詰め込まれたという側面もあるのだろうが、映画はその誘導にさほど積極的ではない(シオニズムかユダヤイズムかで喧嘩する子供が再登場してユーリ・ツリロが逮捕される件の残酷さは際立っているが)。絶倫系なユーリの禿げ頭はバルカンなクストリッツァへの雪国からの回答という面持ちをしており、最後はインテリユダヤ人にしてマフィアに加わるという逞しさが強調されるのも共通する。いずれも晒される恐怖政治の只中で逞しいのだ。
印象的なのは重層的な情景描写の連続が極めてリズミカルなことで、お婆さんの折り重なるボケやらユーリの診察時のラッパやら犬の横断やら署名を求め続ける陳情者やらで、アクセントのつけられた抑揚は実に映画的な快感を伴う(ワルワーラとの同衾とスターリンの診察における二人芝居のときだけこれが止む)。演出の基本なんだろうが、本作ではこれが被虐的に嗜虐的に、変質狂的に折り重なるのだ。狂ったような科白の連発もこれに貢献している。葉巻がウンコ臭いとか、車が走り出したら背後に現れる少年の叫ぶ「汽車ポッポ」とか。
室内外とも旧共産圏の無骨な美術が素晴らしく、別に例をあげても仕方ないが近年の類似作を圧倒している。訳判らないカフケスクな回り道抜け道の怪しさは、この通り方が必然であったのだろうと思うと恐ろしい(必ず鳩が舞い、なぜか背中から落下しなくてはならない開かずの門がすごい)。恐ろしく政治的だ。
前半に不吉な雪の降る夜、後半に雪景色の眩しい昼を持ってくる構成は巧みで、クライマックスのスターリンは判っていても緊張させられる。最期の屁をさせるにあたって晒される、彼の円環を描いた腹毛が異様で嘔吐感を伴う(これもカフカ「田舎医者」が想起させられる)。見てはならぬものが見られた。スターリニズムとはこの胸糞悪い円環を描く腹毛なのだ。
優れたモノクロ撮影は同年の『動くな、死ね、甦れ!』が想起される。50年代再現は撮影技術にまで及んでおり、冒頭の配電盤の火災ほかで燃え上がる炎がピンボケで滲むショットなど余りにも美しい。この監督の『神々のたそがれ』を予告編だけ観たことがあるが、デジタルらしき輪郭くっきりのモノクロ映像はもうこのような魅力を欠いていた。
洒落たタイトルも素晴らしい。スターリン死去のあと不要になったユーリ帰還のための車を呼ぶ科白が使われている訳だが、よく考えたら意味深。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (3 人) | [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。