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[コメント] 天井桟敷の人々(1945/仏)

「映画は世代を超えられるのか?」という検証のために劇場に足を運んだが、普通に面白かった。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「映画は時代も国境も超えない」と押井守が言っていたような気がしますが、最近ではある社会批評家が「性別よりも国境よりも世代の壁の方が高い」と言っていました。 それはさておき、『天井棧敷の人々』は一定世代以上でナンバー1に推す人が多いんですよね。ウィキペディアを見れば、そのランクインっぷりが分かります。 ですがね、私に言わせりゃ、この映画を「名作!」と推す世代ってヨイヨイ世代。なんならもうほとんど死んでるんですよ。

例えばその後、アメリカン・ニューシネマやヌーヴェル・ヴァーグが「名作だ!」っていう世代があると思うんです。それだって私より上の世代。もう結構なジジイですわ。私辺りの世代のリアルタイム名作って『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかだと思うんですが、マイケル・J・フォックスだってもうすぐ還暦。赤いちゃんちゃんこ着る年齢ですよ。あと20年もしたらデロリアンどころか運転免許を返納せにゃなりませんよ。今時の若い子の思う名作って何だろう?『ダークナイト』とかなのかな(それだって平成20年だ)。

事程左様に「世代差」ってあると思うんです。それを検証しようと思って、2020年に「4K修復版」を観に映画館に足を運びました。有体に言えば古い価値観をボロクソに言ってやろうと思いましてね。古い価値観バスターズ。実は恥ずかしながら観たことなかったんですよ、この映画。 公開直後の日曜午後だというのに映画館は空いていました。しょうがないよね、長いしね。この映画の世代はもう死んじゃってるしね。

ところが、映画は普通に面白かったんです。 男と女のドロっとした「ザ・フランス映画」的なお話しが面白かった。あ、フランスだから「ル・フランス映画」か。 今時の恋愛マンガや恋愛ドラマはこの頃から進化してねーな、とも思いました。進化したとしたら「同性愛」なんだけど、男女の恋愛の方が駆け引きとか計算とか打算とかドラマチックな要素が多い気がする。

それでも少し、“当時”に想いを馳せてみましょう。

パリがナチスに占領されていた第二次世界大戦中に作られた映画です。 映画の舞台は、そこからさらに100年以上前の1820年代。だから、当時でも「時代劇」だったわけです。 なので、この街並み、特にパレードの混雑なんか「盛ってる」と思うんですよ。 「今は占領されてショボクレてるけど、本当のパリはこんな賑わいなんだぜ」ってことを強調してると思うんです。勝手な推測ですけど。

また、時間と金をかけた超大作ですが、優秀な映画人も結集したと思うんですね。 実際に無言劇というものはあったのでしょうが(もしかするとそれが後世のシルク・ドゥ・ソレイユなどに発展していくのかもしれません)、結集した映画人たちがチャップリンやキートンの無声映画の再興を目論んだのではないと私は睨んでいます。近年では『アーティスト』が無声映画をやりましたが、本作のマイム(無言劇)は無理なく「無声映画の良さ」をストーリーに組み込んだように思えます。 これもある種の「昔は良かった」仕掛け。

主人公の女性が何度か「私は自由よ」と言います。これもナチス占領下での“暗喩”なのでしょう。 さらに言えば、やたら雄弁な俳優はヒトラーの饒舌さを揶揄しているのかもしれません。 おそらくそうした「当時でなければ分からない何か」があったでしょう。検閲に引っかからない範囲でフランス流風刺も込められていたかもしれません。なので「時代も国境も」越えた我々には、その面白さを全部享受することが出来ません。 そうか、押井守は正しかったんだ!

しかしそれらが年月を経て風化しても、映画として面白い芯は残っているものです。何しろ映画としてちゃんとしています。

例えば、主人公の女性が「あの街を見て」みたいなことを言って、自分の過去を語るシーンがあります。 この時、一瞬ですが、眼下に広がる「あの街」をちゃんと写すんです。おそらく書き割りでよーく見るとボロが出るのかもしれませんが、一瞬でもカメラを切り返して「あの街」を観客に見せるのです。観客の見たいものをきちんと提示できている。

金があったから出来たというのはあると思いますが、貧乏アート系映画とか貧乏邦画とか観慣てると(そんなのばっかり観てる)、こういう些細なことが出来てないことが多い。 こないだの黒沢清『スパイの妻』とか全然できていない(<ここで書く話じゃない)。

正直、世界ナンバー1の映画だとは思えないけど、普通に、ちゃんとしている映画。

余談

当時のパテ社のロゴもやっぱり鶏なんだ。なぜ鶏なんだろう?

(20.10.25 恵比寿ガーデンシネマにて「4K修復版」を鑑賞)

(評価:★4)

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