[コメント] 簪(1941/日)
本作も山道でロングショット、歩く人々を後退移動で撮ったカットから始まる。山間の宿屋とその周辺を舞台にしている、という点で『按摩と女』の姉妹編のような作品だ。按摩も登場し、こゝでも、目明き同等か、目明き以上に物事に対応できる、ということを描いたシーンが挿入される。
また、本作のヒロインは田中絹代で、彼女が旅館の番傘をさして佇む、とびっきり美しいカットもあり、どうしたって『按摩と女』の高峰を想起させる。という訳で、『按摩と女』と比較したくなるのだが、実はどちらも甲乙つけ難く、フォトジェニックなカットの豊かさ、ということでは『按摩と女』が圧勝しているとは思うのだが、本作の簡潔な美しさ、シンプルな構成の力強さも捨てがたい、というのが偽らざる感想だ。
題材からして人が歩くシーンが多い。本作をありていに要約すれば、露天風呂に落ちていた簪(かんざし)を知らずに踏み、足を怪我して歩けなくなった笠智衆が、歩けるようになるまでのひと夏を描いた映画、と云うこともできるわけで、後半は歩く練習をする笠と見守る田中のシーケンスがプロットの焦点になる。なので、歩く人の映画作家、清水宏の面目躍如といった演出が堪能できる。例えばラストカットの石段を上る田中の移動カットなんて、どうやって撮ったのだろう(レールを敷いたのだろう)と思わせるカットだ。
しかし、旅館の中の人物描写も見事に決まっており、実は本作で一番驚いたのは、田中の友人の川崎弘子が部屋で横臥しているカットの中で、斎藤達雄が後方の障子を開けて、寝ている川崎に吃驚するのだが、障子の向こうの斎藤の部屋には老人・河原侃二が座っている、さらに、その奥の部屋を仕切る障子が開いて、田中や笠が見える、という、障子の開閉で3部屋を縦構図で見せる画面だ。
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