[コメント] 犬笛(1978/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
冒頭の娘の回想はメルヘンチックによく撮れており、自動車事故の娘が誘拐されたという掴みはとてもいい。しかしなんと、いいのはここまで。娘が誘拐された自然林での殺人を報じる新聞記事を読んで文太と酒井和歌子の夫婦が「誘拐と関連があるに違いない」と素人推理を展開する辺りから、観客は何かがおかしいと直感し、酒井のあんまりな発狂多淫(白目剥く酒井は本作のベストショットかも知れない)で、その直観が正しいことを確信するに至る(なお、終盤で酒井は死んだと告知されるのだが、精神を病んだ者が病院で若死にすることはあり得ないだろう。この処理は顰蹙ものである)。そして以降、異常事態が改善されることはなかった。
いつものように唇歪ませる文太に退職サラリーマンの悲哀はどこにもなく、北大路欣也との対決は東映のようには決して突き抜けない。この二人に確執を超えた友情のようなものが芽生えるのが本来の着地点だろうに、そういう美味しい処は完全に脱落している(終盤三船が出しゃばるせいでもある)。憶測の連鎖と意味不明の飛躍でもって展開する物語は観客を投げやりな気分にさせること必定。北海道で雪にまみれていた文太に「島根ですよ」は幾ら何でも可哀想である。
竹下景子は雪中生き埋めから救出されたばかりなのに犯人追跡に付き合っているが、死なないのだろうか。最悪なのは岸田森のように出てきて岸田森のように死ぬだけの岸田森と、海上保安庁に取り囲まれただけであっさり自殺して膝カックンの収束を演出する原田芳雄。こういう豪華俳優群の情けない羅列を見せられると、山本薩夫の凡作が神憑って回想されてしまう。伴淳もまた文太に「しじみ汁呑んでいけや」と云うためだけに出てくるのだが、それでも味があるのだから凄い俳優だとは思う。あと、柴犬はよく演っていて好感。
肝心の処はスキップするくせに、加藤武の躁状態のグライダー操縦はじめ、スノーモービルとか巡視艦とか、どうでもいいような細部が威勢のいい音楽とともに延々描写されるのは、制作陣の(おそらく格安の経費での)調達の労をねぎらう意図しか感じられない。Wikiは東宝について「大ベテランの岡本喜八、堀川弘通両監督を解雇した(本作前年の)1977年を一時代の終焉と見ることもできる」としている。
で、東映の中島・金子コンビを連れてきて、不慣れな大作を撮らせて、どうしようもなかったということなんだろう。邦画界の多難を追体験するに本作ほど適した作品はそうはあるまいと思わされる。時代劇に詳しい中島が、犬笛という愉し気な小物をなんでこんなに魅力なく扱うのかも不明で、やる気がなかったとしか思えないのだった。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (1 人) | [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。