[コメント] ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(2001/米)
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映画に限らず、「破天荒な異分子が周囲の悩める人を救っていく」というパターンは一つの定番です。今作もそれにしっかりとハマりつつ、オシャレであるという点で他との差異を図っている。実際ウィットに富んだ会話は非常に面白いし、配色に気を遣った画面作りもとても効果的です。葬式の黒いジャージなんて最高に可笑しい。
ただですね、そのせいではないでしょうが、人物の悩みや感情の動きが非常に表面的に見えるんです。各々の悩みの解決も妙に理由が不明瞭で「予定調和」とか「時間制限」なんて言葉が浮かんでくる。特にそれを強く感じたのは、長男チャスがロイヤルを許すシーンです。それまであれだけ敵視していたのが、“たまたまの事故で”子どもを救っただけで全肯定の大和解。それはちょっと短絡的すぎやしませんかと。しかもロイヤルもロイヤルで、前の犬の遺体を救い出せてすらいないのに、もう新しい犬の算段を始めるし。ちょっと待てと。またそれにお礼をいうチャスもチャスだし、犬を撫で出す子どもも子どもだ。お前らもう犬飼うな。
まぁこんなところで本気で怒ることはないんですけど、結局一事が万事その調子で、感情に本気度が足りないんですよね。マーゴの悩みなんてとても共感できるような切実なものでもないし、そもそもロイヤル自身が「家族に劇的な変化を与えるような破天荒」とまでは見えません。
「やりすぎない」ということは確かに上品でオシャレです。ただ、だからこそツボだけはしっかりと押さえてほしいところ。雰囲気に乗ることはできましたが、心に響いてくるものは薄かったように思いました。
ただラストのお墓の碑文はかなり格好いい。碑文を考えた当時“家族を沈みかけの船から救い出し”たかったロイヤルは、実際に沈みかけの家族を救ってから死んでいったわけで、ちょっとオシャレが本気を凌駕したシーンだったと思います。
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