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[コメント] たそがれ清兵衛(2002/日)

起こり得た可能性と一つの運命。(注意、レビューは冒頭部分よりラストについて言及)
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







娘の骨を食う余五善右衛門の姿が目に焼きついて離れない。

この話はけっしてハッピーエンドを志向した単線的、直線的な話ではない。あらゆる場面にあらゆる可能性が潜んでいる。清兵衛が生きて帰れる保証などどこにもなかった。死を覚悟した彼は見苦しいとわかっていながらも、はじめて自分の素直な欲望を朋江に打ち明けた。

妻と一緒に娘を亡くした余五善右衛門は、清兵衛にとってありえた多くの可能性のうちの一つ、いわば清兵衛の影とも言うべき存在である。骨を食べるというのは娘へのひたむきな愛情を映し出す一方で、善右衛門が極めて死に近い存在であることを暗示する。それは同時に清兵衛にとって起こりうる死をも暗示しているのではなかろうか。清兵衛の勝利と生存が運命づけられていたのではなく、この光と影による対決こそが運命づけられていたのだと思う。勝敗の結果は多くの起こり得た可能性のうちの一つにすぎない。そう感じさせる意匠だった。

あらゆる起こり得た可能性を暗示し、ある一つの運命を匂わせる。こうした抽象的なものを具現化させるにあたって、田中泯が果たした役割はかなり大きい。なんと重厚な作品か。

(評価:★5)

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