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[コメント] アダプテーション(2002/米)

これは一人の脚本家の、自虐的自爆テロ。却ってアクションの無いシーンでこそパニックが起こっているという逆説。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







劇中の台詞、「なぜ君は私の貴重な二時間を潰す?観る価値の無い、下らん映画だ!」。その潰し方が見事な映画。この台詞を書いた脚本家自身が、自分の足元を潰していくかのような自食症映画。自己憐憫と自己愛の塊とも思えるが、我が身を犠牲にしてまで同類を救わんとするキリスト的精神、と言えない事もないような。

脚色に煮詰まったカウフマンが縋りついたカリスマ講師の助言の通り、後半はいかにもハリウッド風に、サスペンスありセックスありドラッグあり追跡劇あり御涙頂戴的死あり御都合主義的解決あり爽やかなキスシーンあり。カリスマ講師のもう一つの助言‘映画に欠点があっても、ラストが良ければ全て良し’には従っていないように、一見すると思えるが、実はここがアイロニカルな所。

まず、このいかにもハリウッド風な展開が、意識的に、あからさまに為されているのは、よほど鈍感な観客でない限り、観ている内に気づく筈。カウフマンが双子の兄弟に縋り、執筆中の脚本の原作者を追い始めた辺りから、それまでの作品の雰囲気とは明らかに違和感が生じている。特に、カウフマンの危機一髪でワニに喰われる敵役、という展開のわざとらしさは決定的。

普通に考えれば、これは作品としての失敗なのだけど、実際は、カウフマンの「淡々とした展開はどうですか?リアルだと思うのですが」という質問に、カリスマ講師が怒鳴って吐いた言葉、「争いやパニックの無い映画は観客を退屈させる。それに、現実は淡々としているか?殺人。裏切り。愛を得る者、失う者。これらは毎日起こっている事だ!それらが見えていないなら、君は人生を何一つ分かっていない!」への反抗、異議申し立てではないのか。この言葉に従って書いた展開が、こんなにもつまらなく、わざとらしく、人の心をイマイチ打たないのは、どうしてでしょうね?という。或いは単純に、僕にはそんなテイストで面白い脚本は書けませんよ、という降参かも知れないけど。

で、スタッフロールが終わった、本当に映画の最後の最後、劇中で死んだ双子の兄弟への献辞と、彼が書いた脚本『3』の台詞からの引用が。‘ラストが良ければ全て良し’というカリスマ講師の助言は、ここで活かされるのだが、映画のラストではなく、映画自体はラストシーンを過ぎて、スタッフロールも終わり、もはや観客の体も心も、映画の「外」に出ようとしているタイミングでの、このピリオド。これはまるで、絵画の縁を飾る額に、騙し絵を入れるようなもの。或いは、絵画のタイトル等を入れるプレートに、「作品」として絵を描き入れるようなもの。何というメタ映画。

ここで、双子が語っていた、『3』の筋を思い出す必要がある。「犯人、人質、それを追う刑事、この三人が実は同一人物で、多重人格者の物語」「犯人は人質に、他の人質の肉を切って食わせる。つまり、自分を殺す」。この構造は、ジョン・ラロシュに自分の理想を投影するスーザン・オーリアンに自分の理想を投影するチャーリー・カウフマン、という構造、カウフマンが自分の身を切るようにアイデアを捻り出しつつ、自分でそれをご破算にしていく構造、そのまんま。この『3』からの引用と称して記された台詞は、こうだ…、「私たちは1つなの、刑事さん。体内から体が見えない細胞と同じ。海が見えない魚みたいに。だから妬んで傷つけ合う。なんてバカなの」。なんだか人類補完計画のような、壮大な結論。オーリアンがケイジさんに語っているかのような台詞でもある。

マルコビッチの穴』が、穴の中の中へと落ちていく入れ子構造だったとすれば、この『アダプテーション』は、「他者に呑まれ、他者を呑み込む」という構図は引き継ぎつつも、そうして溶け合う人間どもを、俯瞰して、神の視点から眺めるような高みに達している。尤も、それをやっている脚本家自身は、無理矢理高みに上昇し、酸欠状態にも見えるのだけど。そもそも脚本家という立場は、映画の世界を自由にする、神の立場だが、そんな彼は、自分自身から自由ではない。ニーチェの永劫回帰みたいですね。自ら創造した世界の中でジタバタする、無様な神。息苦しいが、崇高な映画。冒頭の地球創世記といい、『2001年宇宙の旅』の如き大風呂敷の広げようではないですか。その『2001年宇宙の旅』もまたメタ映画的だという話は、そちらのレビューにて。

(評価:★4)

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