[コメント] ドッペルゲンガー(2003/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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和製『インビジブル』とでも言うのか。例えば、閉鎖空間における息詰まる心理戦を描き出した『CUBE』は、「閉鎖空間」という状況に閉じ込められる事によって本性を現す人間を描き出した。『インビジブル』は、「透明」という状況を描き出す事で人間の欲望を描き出した。
そして、本作はドッペルゲンガーな訳だが、上記の二作品と違い、確かに非日常ではあるのだが、(日本と言う見慣れた風景のせいもあるのかもしれないが)日常にしか見えない。つまり、とんでもないヴィジュアルで構成された空間や、金を大量に注ぎ込んだ特殊効果無しに、同じモノを描ききっている、と言う点が凄い。
『アカルイミライ』では、少々テンポがゆるゆるとしていた(恐らく狙いなんだろうけど)のだが、本作はかなりテンポ良く、歯切れ良くストーリーは進行していく。あっという間のクライマックス。大掛かりな仕掛けなど殆ど使わず、不思議な「リアル」と、絶妙な消化不良が見事な爽快感を与えるラストに繋がる。
自分の中の”お前”を認める、と言うのは、自分の知りたくない一面を知り、そして認めると言うコト。元々拒絶している物を認めるなんて到底できるはずが無い。彼が選んだのは、その現実から逃避(=ドッペルゲンガーを殺す)コトだった。しかし、その「殺す」という行為こそが、相手の存在を認めるコトとなり、気がつけば同じ口笛を吹き、同じ様な振る舞いをし、同じ様な雰囲気を醸し出す。
しかし、彼は元々の彼でもなく、ドッペルゲンガーでも無い新しい”自分”。つまり、自分を認める事によって、自分を得た訳だ。それを演じきった役所浩司は凄い役者に違いねぇ!!
「金と名誉と権力と、そして女・・・そんなものくれてやる」。こういう本体。「だから俺が貰うんだよ、金と女」。そういう分身。しかし、ラストの新潟の研究所での本体の一言「俺はそんなことの為に作ったんじゃないんだ」。
分身の持っていた大胆さを保ちながら、本体が持っていた本来の人間の大切な心。それらは元々主人公の体内で共存していたのだと思う。それが今回、たまたま外に出て露になっただけ。そうすることによって、ようやく”本当の自分”を見つけ出せたんだと思う。自分の中には”理想の自分”が居るけど、それが”理想”でしかないので、嫉妬故に理想が憎く思えてくる。しかし、劇中の台詞を借りて言えば「自分を見つめなおす」行為によって(=本作では分裂、という形で見つめなおしていた)”本当の自分”を探し出せるのだと、思い一人自己満足に浸ったのでありました。
それにしても、開始10分くらいの演出、凄い。見事。あの言葉で表現できない不気味な雰囲気。「これはコメディなんだ!(実際にかなり笑ったし)」と自分に言い聞かせても、やはりなんだか怖いあの雰囲気。『アカルイミライ』と本作しか見た事ないので何とも言えないのだが、黒沢清はすげぇ、と一人感心したのであります。
ユースケ・サンタマリアの予想と違った好演と、見事に捻りの効いた脚本。そして、ラストの爽やかな”消化不良”。
どうもラストに納得し切れなかった。正直言って、作品を完璧に解釈しきれた訳ではない(とは言っても、『アカルイミライ』ほどではないけど)のだが、あのラストに残る爽やかな余韻は見ている途中に感じていた、微かな消化不良すら爽快感に転化させるだけの見事なシメだった。
そうそう、劇中使われた画面分割。見事に使いこなせていました。韓国映画の『ガン&トークス』と言う映画でも使われていますが、正直言ってこちらの方が遥かに上手い。利点を活かしまくった見事な撮影(編集?)だと思う。
(評価:)
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