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[コメント] ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000/英=独=米=オランダ=デンマーク)

 「めくらさんは、人生の意気に感じさえすりゃすぐに、かならず歌をうたいだす」(ポルトガル民謡の一節より)…これは評価が分かれるだろうな。
ちわわ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 コメントいろいろ読ませていただきました。

 何故手持ちカメラの揺れ動く映像なのだろうか?それは、多くの人がご指摘のように、音楽のシーンの美しい映像に対する、現実の過酷さを象徴しているようである。 ただしこの対比も、物語が独房にうつるにつれて次第にどちらが現実か判らないようなシーンになっていくのは彼女の内面の変化をあらわしているようだ。

 では音楽のもつ意味は?この作品では、音楽はひたすら彼女の理想的世界をあらわしているようである。「盲人は快活で満足な状態になるばあいが多く、聾者はつむじまがりや不機嫌になりやすい」という。音楽自体、自分が住みつく空間を造り出すといった作用を持っている。暗闇でもリズムさえあれば、そのひとは落ち着くことができる。そのリズムがつくりだす空間性の根拠を考えるなら、それは彼女が周囲のひととの関係で無意識のうちにもっている世界、無意識のうちに現出する世界としか言えない。ここでは、音楽も映像もすべてが渾然一体となっている。

 殺人のシーンの後で、殺された男性、その妻が彼女のこころのなかの映像では、仲直りをしあって許してくれているひとびとになっている。このシーンは、その前の殺人シーンがあまりに悲惨であるから、観るものにショックを与える。彼女の世界のなかでは決して彼女を疎んじている人間はいない。全ての人間が、彼女のことを思ってくれている。もちろん幻想に過ぎない。実際に、わたしたちが眼にするのは、周りの人間によってどんどん破滅へとつき落とされていく彼女の姿なのであるから。

 だがこういった幻想は、私たち全てに程度の差はあれ当てはまっていることである。たとえば今、僕が書いているこの文章は、このHPで僕が知っている何人かのひと(実際には面識はない)を意識して書いている。でも現実としては、この人数、誰もこの文章を読まないかもしれない。私たちは少数の他者を、自分のことを思ってくれるひとだと勝手に信じているし、そうしないと生きていけない。盲人を用いたことは、そういった無意識のあり方を強調する意図があったと思う。でもそれは、私たちの内面でもあるのだ。

 すると、彼女の一見馬鹿げた行動も、ひたすら彼女の無意識的なレベルで潜在している倫理のあらわれに他ならないことがわかる。これは「肉体的レベル」と言い換えてもいい。彼女が息子を産んだのは「エゴ」だと捉えるのは、まだ十分ではないと思う。そうではなくて、肉体・生理的なものと渾然一体となったところに存する彼女の倫理に他ならない。殺した男性への「約束」を最後まで守る、という馬鹿げた行動も、理性ではなくて、道徳でもなくて「倫理」なのである。敷衍しよう。私たちが、寝ているときも起きている今も、ある一貫した無意識的生のうちに生きている。この生は、生得のもの生理的なものと、他者や文化との関係のうちで獲得されたものが今や渾然一体となっている。ここに瞬時にあらわれる倫理の根拠がある。この倫理は、生命といいかえてもいい。歌は彼女の生命なのだ。

 当然、愛情の問題もこのレベルで扱われているのだから、映画のなかで息子の影が薄いのも、別にかまわないのである。同様に、ストーリーの荒唐無稽さもまったく問題にはならない。むしろストーリーが荒唐無稽で、彼女の行為が幼稚なほど、わたしたちはこの「倫理=生命」に向かい合わざるをえなくなる。この作品の説得力はそこに起因するのであって、単純に感動する映画とも、愛の映画とも言えない。

 最後のメガネもそうだ。本当に息子は手術を受けたのかどうか疑問である。ここで重要なのは、メガネが潜在的に意味するものが、彼女の心をおちつかせて「最後から2番目の歌」を歌わせる、ということだ。  この歌が、意味するところがこの作品の急所だとおもう。象徴的次元に高まった、と考えればいいのだろうか?それともそこに救いを見いだすべきなのだろうか?僕にはまだ明言できない。過酷な現実と無意識的理想が均衡を見いだした、と言えるのかもしれない。

 繰り返すが、この作品は単純な感動映画では絶対ない。荒唐無稽なストーリーを歌をからめて感動映画に仕立てただけでもない。それだけに、監督について山師だというのはよくわかる。敢えて作為的につくったのだろう、とも思う位だ。それだけに、評価を低くするひとの気持ちもわかる気がする。ただ、うまくまとめたものだと感心するばかり。好きな映画、とはいえないかもしれないが。

(評価:★5)

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