コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 靴みがき(1946/伊)

本作に常について回る「ネオリアリズモ」という空ろな効能書きから完全に独立して立派な作品だ。少年院の3階建ての檻の前の広い石庭のセットの前衛的で簡潔な完璧さに心打たれる。キリコの絵のように鮮やかに少年たちの実存の不安を象徴する。
ジェリー

 経験の乏しさゆえに保身の手段も知らぬまま、未見の境涯に堕ちてゆく、いつの時代にもある青少年たちの隙だらけの無軌道振りが、テーマの本質に不要な狂騒感の誘発を慎重に避けた、誇張の少ない省略の気品に満ちた画面に定着されている。大人世代によって構築され維持されている、愚鈍なのに精妙な歯車が支配する機構に押し潰されていく少年たちの哀れさが、少しも催涙的ではない乾いた映像として淡々と描写される。この抑制の気味相いが今尚新鮮である。こうした新味をネオリアリズモというのかもしれない。

 しかし、一方でジュゼッぺの兄の悪役ぶりが、あまりに典型的なワーナー・ギャング映画の悪役類型の鋳型にぴたりとはまりこんでしまうその真っ正直さは、決して本作がリアリズモだけを売り物にしている単純な映画でないことも物語る。通俗性を恐れぬ姿勢の雄弁な宣言が好ましい。また、ベースとしては陰惨にならざるをえない劇進行のそこかしこにちりばめられたペーソスを含んだユーモアの間接照明の輝きが、本作品の延命にどれだけ貢献をしていることか。

 省略の気品に満ちたと書いたが、入浴や医務室などここぞと思うところの描写の丁寧さは並みのレベルではない。何よりも驚くのが、冒頭から馬の疾駆するシーンで始まること。通常なら、説話進行上最も昂揚するシーンに収まるべき映画の精華というべきシーンが、いとも無造作に冒頭に投げ出されていることに気づいた瞬間に、疾駆と躍動のシーンはこの映画でははや終わり、ここからは心を慄かせるような停滞が画面に満ち溢れていくことを即座に悟らされた。

 徹底された拘束と将来の見えぬ不安の中で発火した少年たちの情動が、あの映写機の燃え上がる炎に象徴されていることは言うまでもない。このシーンもまた、リアリズモという衣装をかなぐり捨てた、映画らしい通俗性に溢れた、ダイナミックで感動的なシーンである。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)動物園のクマ[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。