溝口健二（と谷崎潤一郎）の人間観察力には恐怖すら感じてしまう。

序盤、密かに思いを寄せるお遊本人からお静との結婚を強く進められ戸惑う慎之介を見て、ふと昔を思い出し感じ入ってしまった。

するとすかさず、お静によってお遊は「慎之介と一緒にいたいがため縁談を奨めた」と告げられ、今度は愕然とした。

お静（乙羽）が地味過ぎるとの印象は僕も終始抱いていたのだが、終盤の台詞「あんたさんをあたいだけのものしたかった」は、これ以前の彼女の存在感が希薄だったからこそ真に迫るものとなったのではないだろうか。

最期の慎之介の行動は俺にはさっぱり理解できないが、その不可解こそ余人の理解を超えた二人（三人）の特別な愛の形であるのかもしれない。

本作も、（僕が観た『女優須磨子の恋』『祇園囃子』同様）既成の社会制度に反攻する人々を描いているが、その語り口はマイルドで、上記の人間観察力が奏効して全く説教臭くない。

また映像の素晴らしさも特筆に価する。 直線と円を多用した幾何学的・人工的な背景に、柔らかい（そして無神経な）笑顔を見せる田中絹代ら人物が良く映えている。 タイトルバック他、美術・衣装関係はどれも溜息が出るほど美しい。 ラストシーンの月が、月というよりは何処かへ通ずる「出口」のように見え希望を感じされてくれるのも、またいい。