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[コメント] 最後のブルース・リー ドラゴンへの道(1972/香港)

体脂肪率ゼロパーセント
町田

私は遅れてきた李小龍ファンであり、本作品が熱烈なマニアたちの間で、どのように扱われてきたか知らない。しかし敢えて断言しよう。これが全李小龍主演作品中のベストワンである。本作こそはアクション映画、そして巧夫映画が、観客に何を提示すべきか、という問いに対する完全無欠、体脂肪率ゼロパーセントの回答である。未来永劫、全ての格闘映画はこの映画を範とすべきである。

その理由を以下に述べる。

この映画は李版『ローマの休日』である。冒頭の空港、ローマ市街、観光名所巡りといったロケシーンは全て16mmで撮られている。映像そのものを視れば、とても美しいとは云えないこれらのシーンだがしかし、望遠・手持ちのゲリラ撮影は現地でしか成し得ないドキュメンタルな空気を構築しており、創り物語の舞台装置として無限の雄弁さを備えている。

一方、格闘の舞台となる食堂、裏庭、ノラの部屋、悪ボスの部屋などのスタジオシーンでは常に35mmカメラが用いられている。だから我々は李の筋肉の一束一束まで見ることが出来るし、彼の美技、役者達の演技に純粋に酔うことが出来る。

物語が後半に差し掛かるとこれが更に面白くなってくる。李が日本人、ロシア人と格闘する広場は、勿論ロケだが主に固定、35mmカメラで撮影されている。我々は李の肉体の躍動する美しさを、フェリーニやパゾリーニが捉えたあの地中海の陽光の下で拝めるわけである。こんな贅沢ってあるだろうか。

そして続くはコロッセオのシーンだ。迷路を徘徊する李の姿が、16mm頭上からの望遠、35mm固定、16mm移動、と織り交ぜて撮り繋がれていく。背筋がゾクゾクする。ネコが現れ、李とノリスと対面すると、そこはもう完璧にライティングの施されたスタジオセットだ。肩唾を飲む。フィルムは勿論35mmである。回廊から臨むコッロセオ反対側客席はホリゾントに描かれた画であろう。筋肉は躍動し、剛毛は汗ばんでいる。我々の視界を遮るものはないし、損なう闇もないのだ。正に堪能できる。

資金には限りがある。しかしその中で最高のものを見せたい。

私を驚かせるのは、これが李自身に拠って導演された作品であるということである。低予算映画の限界をもろともせず、このような無駄なき傑作を撮れてしまう自作自演家は、世界映画史上、それほど多くいないだろうし、言い方を変えれば、この時代ならではのものだった。正に彼はこれからだった。極端な話、ATGで彼の作品が公開されることだってありえたわけだ。

真に偉大な才能の夭折を、30余念を経た今、私はしみじみ感じている。アジアの若き肉体俳優たちよ。もう一度、この映画を、良く観て欲しい。

アイドルと女優の狭間に揺れるヒロインたちにも是非観て欲しい。正月だろうとパンツルックを崩さなかったノラ・ミャオの凛々しさを!(@テアトルダイヤ/2005香港映画祭)

**追記** 私が、16mmで撮られている、と書いた箇所は全て当時の新技術テクニスコープが使用されている、とのご指摘を受けた。テキトーなことを云って申し訳ございません。で、テクニスコープはなんぞやということで調べてみた。それによるとテクニスコープは、テクニカラー社が開発したシネマスコープの応用技術で、通常の35mm撮影用フィルムを上下半分に分け、2コマ分として通常レンズで撮影し、それをシネマスコープ撮影用レンズ(アナモフィックレンズ)を使って35mmポジ1コマに圧縮して焼付け、上映の際にまた横を広げてスコープスクリーンに映し出す、という行程であるとのこと。1コマで2コマ撮れるので当然フィルム使用量は半分で済み、製作スタジオはコストを大幅に抑えることが出来るのだが、元来半分のサイズのものを縦二倍に引き伸ばしているわけだから、画像は大変粗くなる、その上プリントや映写には余計に金が掛かる。そういうわけで多くの撮影者・現像技師はテクニスコープ導入には猛反発を起したそうである。今では愚劣な撮影技術の代名詞と化しているそうである。日本ではテスト段階で使用が見送られたと、日活撮影所のボス高村倉太郎氏が回想している。それでもマカロニと香港映画ではしばらく使われたとのこと。安っぽさと粗さがテーマにあったらしい。

以上である。オリジナコメントは明らかに知ったかぶりの大間違いではあったが、感覚的・ニュアンス的には間違っていなかったということでご容赦いただきたい。またテクニカラーは、当時の一般的なスコープ撮影とはことなり、撮影時にアナモフィックレンズや、その歪みを取る為のアタッチメントを不要としたから、機材を選ばず、移動撮影にはやはり向いていたようだ。この辺もニュアンスとしては間違っていなかったと思い込みたい。

今回のご指摘は個人的に非常に良い契機となった。今後、更に調べてレンズと撮影現像技術についてのPOVを作ることになろう。貴重なご指摘を戴いたコメンテーター様に、深い感謝の意を表して追記を終了としたい。

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