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[コメント] キャタピラー(2010/日)

「夫」と「芋虫」と「神」、すなわち生活と戦争と国家の素の姿を、ひとりの男に見い出さなければならなくなった女の、混乱と覚悟と悟りの話である。寺島しのぶは、そんな女の心情の起伏をほとんど完璧に演じ、若松孝二はそれをあまさず引き受けている。
ぽんしゅう

シゲ子(寺島しのぶ)が久蔵の勲章を胸に着け、群集の一番後ろからあたかも代理軍神のように出征兵士を見送る姿にぞっとした。シゲ子の感情が欠落したような表情は、もはや軍神という虚構が生む権威の虚しさに気づきはじめ、ただのオスとしてふるまうことでしか「生」を認識できなくなっている軍神久蔵の妻として、本人のなかにもふつふつと湧き起こる矛盾と欺瞞に無理やりふたをして、お国のために軍神の権威とその妻として勤めをまっとうしなければならない苦悶の末の無表情だ。

そこに集約されいるのは戦争という国家暴力に対して、いち個人が生活ベースで抗うことの困難さと被る苦痛だ。全編、ほぼ出ずっぱりで女の苦悶を体現するシゲ子(寺島)の圧倒的存在感に比べ、久蔵(大西信満)が呈する戦地で女を犯した暴行行為との煩悶がいささかステロタイプに見えてしまった。しかし、よくよく思い出してみれば昔から若松孝二は、強面に見えて男より女に肩入れする演出家だった。その若松が、最良の女優を得て敗戦65年目に実現した、永く記憶されるべき力作である。

(評価:★4)

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