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[コメント] イギリスから来た男(1999/米)

長期記憶と短期記憶をどう映像化するか。前2作を観たらそこでも挑戦して失敗してたが、ここで成功しているのは、なぜだろう。考えたい。父・娘・その恋人の関係を、軽やかにしかし深く切り取った脚本。テレンスのほやほやの薄い髪と、P・フォンダの糸楊枝が、すばらしい。
エピキュリアン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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この映画のすてきなところは、三つあると思う。

1:娘の麻薬関連の事故死が信じられず、しかしその信じられない根拠は父である自分をも愛しているがゆえに警察に電話しようとした彼女の正義感にあった。だから、ロスで真相を追ううちに、娘は音楽プロデューサーを愛しているがゆえに警察に電話しようとしたことが、父である彼には分かってしまった。だから、彼はそのプロデューサーを撃てなかった。娘がまちがいなく愛していただろう男を殺せなかった。その男=父としての、ぎりぎりの愛情の物語として、出色の脚本だとおもう。

2:こうした物語を、全てが終わってイギリスへ帰る機内の映像の父の顔から映画をスタートするアイディア。すべてをそこからの回想にするという描き方によって、ロスについた当初の自分の怒りと周囲の人々、それらがとぎつぎに連想されて浮かんでは消える想いの流れのなかで、彼の娘へ想い、娘の正義感、電話、など、言葉によらずに、最後の復讐シーンを不可能にする要素をサスペンスとして提示することに成功したすばらしい編集。それは、技巧だけでストーリーを補っているのではなく、脚本の神髄をもっとも効果的に描ことになっている。前2作(日本で公開されたもの)では、脚本と映像表現にこうした必然性がなかった、と考えられる。

3:そして、過去に一定のキャラクター価値を築いている俳優を、最適につかっていること。家庭に納まりがたい雰囲気を的確に捉えた過去の主演作を思いでのフラッシュバックとして挿入することで、暴力やエキセントリックな演技で有名だったテレンス・スタンプの神経質そうな面をドキュメンタリーのように見せ、その役柄の凶暴性と愛に飢えた感じを表わすいっぽうで、ピーターフォンダ(60年代のあらゆる「悪」をお坊ちゃんとしてすべて体験したことは誰もが知っているという前提で)の、欲望と名声におぼれながらも、どこか「いい人」で憎めない人柄を巧みに利用して、娘が本当に愛してもしょうがないと納得させうる人格を自然に表わしている。もちろん、それは彼の気の弱い台詞や、若いガールフレンドの前で糸楊枝をつかう無防備さ、車で同じ話を繰り返すボケオヤジぶりなどでも必要に描かれているわけだが・・。でも、映画を観ている者に、このプロデューサーって人いいじゃん、と思わせて、テレンスに復讐させたい、という気持ちと、ピーターを殺されないで、というアンビヴァレンツな気持ちを起こさせて、サスペンスを高めることに成功していると思う。

おまけは、原題の『The Limey』(イギリス野郎、というアメリカの俗語らしい。ライムの渋すっぱ苦いような頑固で癖のある奴、という感じだろうか)からわかるように、アメリカ人からみたイギリス人への茶化しと畏怖が、テレンス・スタンプという存在と物語と、二重に描かれていて、そこもすごく味わい深いところになっていると思う。

(評価:★5)

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