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[コメント] 桃色の店(1940/米)

涙があふれるほどの、なんともしれん暖かな幸福感に包まれるこの名作には秘密があります。
ぐるぐる

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







それはまだまだみんな無名の「俳優の卵」だった学生時代、東海岸のアイヴィー・リーグ学生演劇サマークラブの華であったマーガレット・サラバンさんは、やはり同じクラブに参加していた若きジェームズ・スチュワートくんがひと目で夢中になったあこがれの君でした。

演劇への情熱は燃え盛るものの、おりからの不況の影響もあって思うように活動の場が得られないまま、もう役者になる夢を諦めるしかないのかと悶々とした日々を過ごしていたジェームズ・スチュワートくんにとっては、マーガレット・サラバンさんの存在こそ、夢を追いかける勇気を与えてくれる希望の☆☆☆だったのです。

しかし、ほどなく彼女はチャンスを得てブロードウェイに招かれ、しかも、やはり同じクラブの先輩であったヘンリー・フォンダ兄貴と電撃結婚してしまったのです。さらに1年余りで兄貴と別れてしまったマーガレット・サラバンさんは、あれよあれよとハリウッドでデビューし、いよいよ彼の手の届かぬ存在になってしまいます。

2年遅れて、やっとこハリウッドに辿り着いたジェームズ・スチュワートくんも、しかし、その後はメキメキと頭角を現し、あっという間に押しも押されぬ大スターになったわけです。そのころマーガレット・サラバンさんはウィリアム・ワイラー監督との結婚・離婚を経て、著名なプロデューサーのリーラント・ヘイワード氏との第3の結婚で初めて子どもを授かっていたのですが。

そうした背景があったからこそ、この映画の制作に当たって、監督のエルンスト・ルビッチ氏はこの主役二人の組み合わせにこだわったのでしょう。二人のスケジュールが合うようになるまで辛抱強くこの映画のクランクインを延期し、待ってる間にかのグレタ・ガルボさまが主演なさった『ニノチカ』を「さらりと」撮ってヒットさせたりしてしまったりしていたわけです。

しかし、監督の心は、この『桃色の店』の方にありました。何故ならこの映画は監督にとっても懐かしい(ナチス以前の!)故郷ベルリンでの古き良き日々の、とある洋装店とその店員さんたちとの思い出に捧げた、「名もなく清く正しく美しい」青春の記念碑に他ならなかったからです。

脚本の上手さや演出の冴えは、どのルビッチ作品でも堪能することはできるだろうけれど、この作品を特別なものにしているのは、そうした監督や出演者の思いの深さがフイルムのそこここに滲み出しているからなのでしょう。この映画の中で、その若き日々の思いの儚い「甘美さ」は、22年間連れ添った妻の裏切りという老いの迫る店主の人生の「苦味」を絡ませることで、いよいよ尊く切ないものとして心に沁みるのです。

いつまでも観る人の記憶に残る、文字通り映画の「クラシック」となった作品をたくさんモノにしたエルンスト・ルビッチ監督はしかし、その生涯を振り返ったときに、この『桃色の店』を自らの最高作としているのも、むべなるかな。

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個人的には、後年の作品などでの正義漢ぶりには、現代のアメリカ人一般の価値観にまで通じている、ともすれば自己中心的な粗雑さ・横暴さを感じてしまって、ここひとつ馴染めないキャラのジェームズ・スチュワートなんだけれど、これはまだ従軍する前の、演技にも繊細さが残っていた時代で良かったです。

(評価:★5)

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