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[コメント] ブロードウェイと銃弾(1994/米)

本作は二人の不幸な人間を主軸にしたコメディには違いないんだけど、ただ、コメディにしてはやっぱり心が痛みます…だからこそ大好きです。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 アレンが監督に専念して作り上げた舞台劇のバックステージものの作品。本作でアレン監督はアカデミー監督賞に歴代最多となる6回目のノミネートを果たしている。

 本作の場合、アレン自身が登場しないためか、痛々しさは後退しているものの、その分皮肉の利き方がきつい。アレンが監督に専念すると往々にして皮肉が利きすぎたものになるが、本作はその代表と言ってもいいだろう。

 一応本作はコメディなのだが、いろいろな意味で心に突き刺さるものを持っている。  例えば芸術家気質を持つ人間は、「おれは人とは違う」ことを示すために観念的な作品を作り上げて悦に入ることが多いが、それは単に実力不足をカバーするためだけだという事が多い。キューザック演じるデヴィッドなんかはその典型的例で、「俺は芸術家だ」という主張がどんどん痛々しくなり、本物の才能に出会ってしまうと、自らの存在価値すら失ってしまう。なまじ見る目だけはあって、実力が伴わない人間と言うのは哀しいものだ…と言うか、はっきりいって私が痛い。少なくとも主人公に的を絞ると、駄目な男が自分の駄目さ加減を思い知らされて余計落ち込むという、アレン得意のパターンであることが分かる。

 ただし、本作はそれでは終わらない。もう一つの痛みがある。

 昔話になるが、私の田舎の同級生で社長の息子というのがいた。流石社長の家というだけあって、そいつはちゃんと自分用の広い部屋を持ち、更にその部屋には色々ステキアイテムが揃っていて、中学生や高校生であれば、欲しがるものは、大概ここに行けばあった。真っ先にビデオを(しかも個人持ちを)買ったのはこいつだったので、色々私もお世話にはなった(あくまで私の場合は映画のビデオを観たんだよ…他のも観たけど)。まあ、ご多分に漏れずそう言う部屋というのは不良学生の溜まり場になってしまうのだが、本人は至って鷹揚な人物だったので、私みたいな人間も気軽に誘ってくれた。そいつは将来家を継ぐことが決まっていて、その運命も受け入れていたのだが、実はそいつには一つの夢があった。その部屋にはギターやドラムセットまで置いてあったのだが、実はそいつはドラマーになりたかったのだ。実はちょっと都会のバンドからも来て欲しいと言われていたし、本音は音楽学校にも行ってみたかったらしい。今はどうしているか分からないが、多分今頃は家を継いで重役にでもなっているだろう。でも、本当にそいつは幸せだろうか?

 こんな例は枚挙に暇がない話だが、自分に好きな道の才能があることを自覚していながら、その道を歩めない人間とは、結局不幸になってしまうことがまま多い。

 思えば、人の一生を楽しいものにするか、不幸なものにするかは、自分の才能をちゃんと活かせる職業に就くことが出来るかどうか。と言う所に大きなポイントがあるように思える。やりたい職業に就き、そこで自分の才能を存分に活かせるなら、本当に幸せだろうが、多くの人はそれが出来る環境にはない。仕事とは、生きるため、家族を養うため、しがらみのために行うことだ。

 それでもまだ自分の才能がどこにあるのか分からない人はどこにあるのか分からないなら、まだ幸せかもしれない。悔やむことは少なくて済む。

 しかし、何かの拍子に才能があることが分かり、しかも絶対その世界で生きる事が出来ないことを知らされたりしたら…これこそ最も不幸な人間と言えるんじゃなかろうか。

 前置きが長くなったが、ここでパルミンテリ演じるチーチという人物は、まさしくその不幸を負って立つ人物として描かれる。マフィアのファミリーとして生きるしか出来ないのに、演劇演出にとびっきりの才能を持っていることが分かった。しかもそれをしている時は楽しくて仕方がない…せめてこの作品。一本だけは命を賭けてやりたいが、主演は大根。どんな悲愴な覚悟を持っていても、ここまで上手く行かないと、いい加減暴走もしたくなるってもんだ…

 ここでどの立場で心が痛むかで、評価も変わるだろう。  本作を良くできた楽しい作品として捉えられる人は、多分とても幸せな人。  この作品に込められた皮肉を受け取り、苦笑いできる人は、それなりに苦労をした人。  そして涙できる人は…

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)KEI[*] ユリノキマリ[*]

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