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[コメント] ゆれる(2006/日)

多くを語らずに伝えようとする監督の手腕が、私を大いに混乱させる。
カルヤ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







見終えて、疑問が二つわいた。

1.兄は、突き落としたのか? 2.弟は、目撃したのか?

結論から言うと、以下が正しい答えだと思う。

1.いいえ(兄は突き落としていない)。 2.いいえ(弟は目撃していない)。

しかし、相当考え込まないと答えに達し得なかった。その上、何故考え込まないと答えに達し得なかったのかも考え込んでしまった(我ながら面倒な性格だ)。せっかくの苦労を無駄にしたくないし、考えを整理したいので、この機会に吐き出させて頂きたい。

事件のシーン。弟の驚きの表情のカットが入る。

ここで私は思い込んだ。弟は目撃したのだ、と。兄が突き落としたのかどうかは観客にはわからないが、弟にはわかっているのだ、と。

直後兄のもとに駆けつけた弟は「女はどうしたんだよ?!」というようなセリフを言う。それは突き落としたにせよそうでないにせよ「こんな状況を信じたくない」という心理か、もしくは「突き落としたのを見てないから安心しろ」という兄を気遣っての嘘だと思っていた。

そして途中、弁護士の叔父が事件を検証したとき、「弟が居た位置からは橋が見えたはず」「橋の会話は聞こえたはず(橋にいる部下の声が叔父には聞こえた)」という情報も与えられる。

そこへ、すっかり変わってしまった兄の証言のシーン。弟が「巧みな嘘をついている」と感じたシーンだ。兄の背中を見つめながら弟の頭に浮かぶ映像では、兄は女を突き落としている。

更に私は思い込んだ。兄は女を突き落としたのだ、事件を目撃した弟の頭にその映像が浮かんでいるのだから、と。

弟の「突き落とした」証言も、はじめは兄をかばおうと奔走していたが、兄の見せ始めた恐ろしい一面に、やはりかばいきれない、罪を償わせなければ、と決心して真実を話したのだと思っていた。

しかし、その後の展開に私は混乱する。

7年後すっかり落ちぶれた弟が、昔のフィルムを発見。その中で自分に優しく手を差し伸べる兄を見つける。

再び弟の頭に浮かぶ橋の上の兄と女の映像。兄は突き落としてはいない。むしろ救おうと手を差し伸べて腕に傷を負っている。

そして弟は出所する兄を出迎えに故郷へ向かう。そして兄を見つけ泣きながら「お兄ちゃん、帰ろう!!」と叫ぶ。それに気付いた兄の、優しい表情で映画は終わる。

兄の表情は凄く良かったよ。でも・・・・・・わからない。突き落としているはずなのに、あの弟の頭に浮かんだ「突き落としていない」映像は何なんだ?何のための映像だ?・・・・・・もしや、突き落としていない可能性もあるのか?と疑問がわいた。

突き落としていない、そう考えると、確かに納得できた。

「突き落としていない」映像のほうが、兄が腕に傷を負った理由も描かれているし、何より映画の終盤に盛り込まれている。中盤に正解を持ってきて、終盤に不正解を持ってくるなんて、常識的に考えられない。「突き落とす」映像は弟の想像であり、「突き落としていない」映像が事実だったと考えたほうが自然だ。

つまり、兄は突き落としていないのだろう。

その事実を素直に受け入れると、弟の調子の良さに腹が立ってくる。

突き落としていないのを知っているのに、兄の嫌な面を見たぐらいで刑務所送りにし、その後改心して、いけしゃあしゃあと「お兄ちゃん、帰ろう!!」だ。調子良すぎないか?出迎えに行けば許されると思っているのか?兄に犯してもいない罪を償わせておいて、自分はどうなんだ?罪を悔いながら生きてきたようには、とても見えないのだが。

・・・・・・いや待てよ。もしかしたら弟は知らなかったのか?目撃していない可能性もあるのか?新たな疑問がわいた。

弟は、フィルムを見て兄の優しさに気付いたようだった。目撃したと思っていたので、気付いたというより再認識したのだと思っていた。しかし再認識だけではその後の展開がしっくり来ない。弟が調子の良い人間に映るだけだ。

しかし目撃していなかったとすると、「突き落とす」映像が想像というより解釈ということになり、兄を完全に冷酷な人間だと解釈していることになる。だからこそ刑務所送りにしたのだが、フィルムの中の優しい兄を見て自分の誤りに気付いた、ということなんだろう。一応、納得できる。その後兄を出迎えに行くのも、自分の誤りに気付いた弟が真っ先に取る行動として正しいと思える。

「お兄ちゃんが怖くなったから嘘ついて人殺しに仕立て上げちゃったけど、お兄ちゃんやっぱり良い奴だもんね!」という話と、「お兄ちゃんが怖くて人殺しだと思い込んじゃったけど、やっぱりそんなことない!俺は何て酷いことをしてしまったんだ!」という話。前者だと弟がただただバカなだけだが、後者だと弟は一応、バカではない。本作は弟がただただバカな映画、という作りには見えない。人間の弱さ、脆さを表現しようとしているように感じる。

ということは、本作は後者であり、つまり弟は目撃していないのだろう。

以上が私が答えを出した経緯である。面倒くさかったがどうにかモヤモヤは落ち着いた。次に考えたのは、何故私は誤った思い込みをしてしまったのか、ということ。

間違いなく一番の原因は、事件のシーンでの弟の驚いた表情。

恐らく、「女がいない!もしや落ちたのか?!」という表情である。「女はどうしたんだよ?!」も心からのセリフなのだろう。

せめて「突き落としていない」という種明かしの映像に「弟は目撃していない」というカット(落ちる瞬間は背を向けていたとか)も入れる等して欲しかった。そうしてくれれば、目撃してなかったんだ、とすぐに理解できたのに・・・。

以上が、私の考えである(もう一つ、叔父が事件を検証したときの「橋の会話は聞こえたはず」という情報に疑問が残らないでもないのだが・・・)。

ひとつ言っておきたいのは、私は様々な解釈が可能な映画が嫌いではない、むしろ好きである、ということだ。ただ様々に解釈するには、それ相応の材料が必要である。しかし本作は一見材料が多そうだが、偽物も混じっている。あまりに不親切な演出だと思う。

そして最後の疑問。

この作品は何故こんなにもわかりにくいのか?選択肢は3つ。

A.監督の意図である。

B.監督はわかりにくくしたつもりはない。

C.この作品はわかりにくくなどない。もしくは、いちいち気にすることではない。

答えがAなら、私は監督が好きではない。Bなら、監督は下手だと思う。Cなら、私が悪い。いずれにしても、かなり苦労したので、私はこの西川美和という監督に良い印象を持てていない。

ちなみに初めてのことなのだが、ますます混乱すると思い、この作品の誰のコメントも読まずに自分のコメントを書いている。この後じっくり皆さんのコメントを読み、できれば最後の疑問にも答えを出してみたい。

(長文にお付き合い頂いた方、ありがとうございます)

―――――

追記:

コメントを読むと、私以外にも解釈に困っている方もいるようで、正直安心した。最後の疑問の答えは、Aということになるだろうか。

共感したり感心したりで、すべてのコメントを楽しく読ませて頂いた。改めて、コメンテーターの皆さんに感謝したい。ありがとうございます。

(評価:★2)

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