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[コメント] 地獄の黙示録(1979/米)

いくら「完全」と謳っても、未完の作品であることに変わりはない。(特別完全版)(レビュー、長くなってしまいました)
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







戦争の怖さにはいろいろある。そのなかで個人的にもっとも怖いのは、軍隊生活で規律を内面化させられていくことだと思っている。(未見だが、『フルメタル・ジャケット』とかはそれにあたるのか?)効率的に軍務を遂行するために、個人のリズムを軍隊統一のリズムに作り換え、個人を統制していく。それは軍隊に限らず、あらゆる日常生活にはびこる作用でもある。

しかし、その統制の部分だけが目立っても、人間は必ずしも動かない。国民全体を戦争の泥沼に引きこむには、非人間的な統制の部分をオブラートに包む、人間的な(もしくは人間味を装った)何かが必要である。

その何かが、アメリカの場合はあの強烈な愛国心である。(当然アメリカに限らないのだが、あのテロ後、いやというほど、愛国心の強烈さを見せつけられたのは記憶に新しい)それは極めて抽象的なものであるがゆえに、様々な個人的な感情と混ぜ合わせることが可能である。(例えばそれが、サーフィンへの渇望やワーグナーと容易に結びついたりする)

本作はその愛国心の部分の暴走を映し出したものと受けとった。アメリカにおいて、いかに暴力的衝動と愛国心が分かち難く結びついているかが、圧倒的迫力をもって見せつけられる。その点、戦場で引き裂かれた恋人、家族を映し出す主流の戦争映画に対して、本作は相当に位相が異なる。

主人公ヴィラード大尉は、一見そうした愛国心とは無縁に見えるが、彼も別の側面において、アメリカ社会の病理と無関係ではいられなかった。行き場のない彼の、薄暗い暴力への衝動は、『タクシードライバー』のロバート・デ・ニーロとどこか似ていることで、それを確認できる。

ただ、この作品に4点以上をつけられないのは、肝心のカーツ大佐の場面である。 私はオリジナル未見であったため、本作製作についての様々な噂とカーツ大佐の王国の存在とがダブり、否応無しに期待は高まっていた。すべてを見せきるというのが、この映画のコンセプトなのだから、下手に謎のままにして見せないわけにはいかないのかもしれない。しかし、もっと恐怖渦巻く王国を想定していたのだが、実際はオリエンタリズム満載の、仮想原始パークであった。こんなことを言うと、元も子もないかもしれないが、あんなに屍体と生首だらけの王国が一週間も持続するとは思えず、支配に説得力が感じられない。

とはいっても、圧倒的な画と音は忘れがたい印象を残すし、顔を塗る主人公と海軍兵士にも何らかの美と妖しさを感じずにはいられなかった。私にとっては、あと一歩間違えれば、完全な映画になりえた未完の作品である。いくらシーンを追加し、編集し直しても、そのことに変わりはない。だが、未完で留まってくれたがゆえに様々な解釈の余地が許されているという意味では優れた作品である。★3.5

*私の後悔は、特別完全版を最初に観てしまったことである。この作品を一番楽しむには、オリジナル→メイキング→特別完全版、と観るべきであった。仕方ないので、これからその逆の順路を辿ります。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)Kavalier ハム[*] muffler&silencer[消音装置][*]

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