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[コメント] ライフ・オブ・デビッド・ゲイル(2003/米=独)

人騒がせな作品。(レビューはラストに言及)
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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死刑制度の是非を問うた作品ではないと私も思う。ただ、死刑制度を背景として置いた作品であることは疑いようがない。ゆえに、ラストを見て非常に苛立ちをおぼえた。

アメリカは50の州が集まって成り立つ連邦国家であり、州が日本の県よりも遥かに独立した地位を保っていて、死刑制度が存在する州と存在しない州が並存する。本作の舞台は、死刑執行数が全米の中でも極めて高いテキサス州であり、現大統領ジョージ・W・ブッシュが知事を務めていた州である。

死刑制度に関する問題は、法のあり方や国のあり方に関する論議である一方で、人の命をめぐる論議でもある。ゆえに私見では、死刑制度の是非を論じる際に厳に慎むべきは、感情的な議論に陥ってしまうことだと思っている。例えば、賛成派の一部は非道な殺人犯に殺された方の遺族を前面に立てて主張をおこなうかもしれないし、反対派の一部は冤罪によって死刑にされた人の遺影を使ってその主張をおこなうかもしれない。その手法自体が間違っているというつもりはないが、情報の受け手が注意しないといけないのは、遺影などのイメージが喚起する感情的な部分にばかり流されてしまい、自分で考える力を失ってしまうことではないだろうか。

本作の主人公たちがとった手法は、理性的な議論をおこなうことを放棄し、感情的な部分だけで死刑制度の是非に水を浴びせただけであり、到底大学で教職に一度でも携わった人間がとる手法とは思いがたい。こんなことをしたところで、表層だけをすくい取るマスコミの耳目を一瞬だけ集めるかもしれないが、肝心の死刑制度に関する論議の成熟に向けては一歩も進ませることはできず、むしろ停滞を招くとしか思えない。作品自体は死刑制度を背景として置いただけだとしても、この主人公たちはその論議の中心に身を置いた人という設定ではなかったのか?もうはっきり言ってしまうが、主人公たちの決断は、アメリカン・ニューシネマの登場人物たちの死に様よりも無謀で愚かで、それでいて何も心揺さぶられない、どうしようもなくて救いようのない死に方だった。一言、<いや、生きろよ…>とつぶやいて映画館をあとにした。

…という私のレビューもたぶんに感情的になってしまっているので、冷静な部分に着地させるため付け加えるなら、理性的な対話を放棄し、多分に感情的な部分にばかり訴えかけてくるアメリカの現政権(とりわけ同時多発テロ以降)にも似たものを感じる。いくらエンターテイメントやサスペンスだからといって、そうしたものとの距離をもう少し考察したうえで作ってほしい。観ている側に直に訴えかける必要はないと思うが、これだけセンシティブな題材を扱う以上ちゃんと土台を築いたうえで娯楽に持ち上げていくのが、映画としての最低限の倫理だと私は考える。

※ひょっとしたら、はじめから揶揄するつもりで作っていたとしたなら確かに一貫しているが、それではあまりにもスピルバーグ的で少し怖い。

(評価:★1)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)ゆーこ and One thing[*] makoto7774[*] m[*]

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