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[コメント] コット、はじまりの夏(2022/アイルランド)

原題を直訳すると「静かな女の子」となるようで、英題を見ても、当然ながら、フォードの映画にインスパイアされたものだと推測したのだが、残念ながら、映画全体のルックや、細部の表面的な描写には類似性は見いだせなかった。
ゑぎ

 例えば家屋の佇まい、あのジョン・ウェインがミルドレッド・ナトウィックから購入した生家のような、瀟洒かつ美しい家屋が出て来るのではないかと期待していたのだが。

 開巻は手前の茂みにフォーカスが合い、奥の景色はフォーカスアウトしているショット。まずこのフォーカスの演出は普通じゃない。すると、カットを換えずにティルトダウンし、茂みの中に少女が隠れていると分かる。これが主人公のコットだ。隠れんぼのシーン。驚きのある良いオープニングだと思う。コットには複数の姉と下にも妹がいる(オフで幼児の泣き声が聞こえる)。朝食の風景(登校前風景)や、学校での会話。父母の仲が悪いこと、多分、貧しい暮らしであることなどが示される。また、お父さんが道で車に乗せた女性は、お父さんの浮気相手だろうか。

 コットが、ひと夏の間、預けられた先は、子の無い親戚の家。出会いの場面から優しいアイリンはお母さんの従姉妹(これは少し後になって科白で分かる)。アイリンの夫のショーンは無口で気難し屋に見える人。コットは、ショーンの牛舎の作業に同行するが、勝手にいなくなって怒鳴られる。でも、翌日、ショーンはテーブルの上にサンドクッキーを一つ置く。こゝから、2人は急速に心を通わせる。ショーンと2人の場面では、コットは脚が長いから、走るのも速いだろうと云われ、門にある郵便受けまで走って帰ってくる(そのタイムを測る)のが習慣になる、という描写がポイントだ。アイリンとは、離れた場所にある井戸での水汲みの場面が反復される。

 また、村の葬式の場面で、隣人のオバサンがコットを預かると云い、2人で道を歩くのだが、このオバサンが、アイリンたちの暮らしの様子を根掘り葉掘り聞くというのが面白い。こういうちょっと邪(よこしま)なキャラを盛り込む作劇が良いアクセントになる。この後に、ショーンとコットが2人で夜の浜辺に座って海上の光を見る、という良いシーンを上手く導くことになる。

 さて、私としては『静かなる男』のように、終盤でコットは「静かではなくなる」のか、というのが本作を見進める一番の関心事だったのだが、この点はどうだろう。最後までコットは「静かな女の子」で終わった感もあるが、それでも、全力疾走がコットにとっての感情の爆発だったと云えるだろう。少なくも観客である私の心は静かではなくなり、昂奮させられた。

(評価:★4)

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