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[コメント] ファイヤーフォックス(1982/米)

エンドロールが流れた瞬間、吹いた。あのクリント・イーストウッドが極めて受動的な男を演じているのが新鮮だが、その分、高揚感には欠ける。後半は、味のある陰鬱さも後退し、モーリス・ジャールの通俗的な劇伴が更に追い討ちをかけるB級感。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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スパイ映画としての前半の方が断然優れている。冒頭の、ヘリとイーストウッドによる謎のチェイスが、一気に画面へと引き込んでくれる。ここでフラッシュバックするトラウマもまた、ガント(イーストウッド)の人物造形に深度をもたらす。意識を失っていたガントが我に返るシーンで彼の眼前に現れる、ヘルメットの黒いガラスに表情を隠した兵士の顔もインパクトがある。

だが、ガントが作戦を引き受ける際に「ここは公有地だ。然るべき所へそれを知らせてもいいんですよ」という脅しを受けて仕方なく参加する受動性は構わないのだが、いざロシアに侵入してからも、ガントはただ、協力者である地下組織の指示に従って行動するのみで、殆ど主体性を奪われている。自分が化けていた麻薬の売人が突如眼前で殺害されたことに動揺したり、ようやくイーストウッドらしく自ら動く、トイレでのKGB殺害シーンも、個室に隠れていたのにトラウマに苛まれたらしいガントがブツブツ呟いたせいで発見された挙句の行動であり、KGBへの対処自体、地下組織の男からは、ただの脅しに引っかかってとんでもないことをしやがって、と叱られてしまう。

更にガントは、最初に化けた売人の次はこいつだと指示された通りのアメリカ人に化ける為、付け髭を外して検問を切り抜けるが、その先でまた、次はこいつと指示されたロシア人に変装。その際も、本物の方は早々にロシア側に捕まってしまう。最初の変装での、色つき眼鏡に付け髭のイーストウッドのダンディさを始め、どの姿の彼も格好いいのだが、殆ど指示されるままに誰かに成りすまして、言われた通りにあちこち移動するのみ。

そもそもガントが、精神的な疾患を抱えているにも関わらず登用されたのは、母親がロシア人で、ロシア語が話せるという点を買われてのもの。というのも盗み出すべき戦闘機「ファイアーフォックス」が、パイロットの脳波を感知することで数秒早い攻撃を可能にする能力を持つのだが、ロシア語による思考にしか反応しないからだ。また、ファイアーフォックスのパイロットとガントの体格が似ているという理由もある。つまり、ロシア語で考えることができ、ロシア側のパイロットと似た体をしたガントが、ガントとしての名も身分も奪われる形で、非主体的な関わり方で作戦を遂行するという、極めてアイデンティティ・クライシスな状況。彼を指示するロシア側の反体制組織もまた自らの帰属する国家に反逆しているが、こちらは自由の為に能動的にそうしているのだ。

イーストウッドらしい場面は、唯一、ファイアーフォックスのパイロットを殴って気絶させ、縛り上げる所。ここから、スカイ・アクションとしての後半に入るのだが、前半では音楽が抑制されていたことで、幾分か単調さも否めない反面、画面に乾いた緊張感を与えてもいたのが、後半、急に思い出したかのように、何とも通俗的な音楽が高らかに鳴り響く。ガントを敵方に送った後、囮となっていた男が、ファイアーフォックス発進を見届けて、満足げに自らのこめかみに銃口を当てた瞬間、銃声代わりに、ファイアーフォックスのジェット噴射がカットイン。と同時に挿入される劇伴がB級センス丸出しなせいで、このシーン演出が何ともわざとらしく幼稚なものに見えてしまう。

非主体的な主役・ガントは、後半で一気にパイロットとしての能力をフル稼働することになるのだが、上官からの指示通りにブラックボックスに向かって喋り続けるガントは、ここに至ってもやはり、自らアクションする存在には見えてこない。それはまた、ガントと戦闘機の一体性を感じさせるようなシーンが全く無かったせいでもある。スカイ・アクションの演出も、特に優れているわけでもなく、海面スレスレに飛ぶファイアーフォックスが立てる水飛沫などという見た目の派手さが狙われている程度。給油機として潜水艦が浮上してくる驚きも、もう少し巧く演出できなかったのか。「どこから給油機が来てくれるんだ?」という不安を、観客がガントと共有できる形にしてから突然に潜水艦、とか。ファイアーフォックス二号機の追撃を受ける終盤は、ガントがお喋りを止めてくれるお陰で、画と音がようやく自立性を得て、幾分か魅せてくれるが、それまでのシーンよりマシになったに過ぎない。

大体、全篇通してのことだが、登場するロシア人が殆ど英語しか話していないのも変。ロシア人同士の会話でさえ英語で為される。そのせいで、先述した「ロシア語で思考する」ことの意味合いも後退気味になる。ガントの、ベトナム戦争のトラウマや、その象徴として挿まれる少女のカットも、結局は意味不明。二号機との追いかけっこで錐もみ状に降下する中、ガントは再びトラウマを甦らせるが、その後、二号機を攻撃しようとして英語で指示するという間の抜けたことをし、「ロシア語で考えるんだ」という上官の言葉を思い出して敵機を見事撃墜。

この結末は、何なんだろう。敵に勝つことが、母国語で物を考えることの放棄と引き換えであるという、皮肉な決着なのだろうか。そう好意的に解釈するには、エンディングテーマが完全に「これで全て解決、オッケー!」と言わんばかりの能天気なノリ。結果、戦火に包まれるベトナム人の光景に悩むガントにロシア語の思考で攻撃させることで、ベトナム戦争はコミュニストのせいだと暗に言いたかっただけなのかという勘繰りを誘う。あの物言わぬ少女の存在に何の責任も取っていない。前半と打って変わったこの後半のせいで、最終的にはバカ映画で終了。

(評価:★2)

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