コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ナッシュビル(1975/米)

すれ違い、衝突し合う群像劇の中、唯一、歌声だけが、人々の耳目を一点に結びつけるのだが、劇中でその歌声の辿る足跡が、アメリカという国の運命を暗示する。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ウィキペディアによると、ナッシュビルはカントリーミュージックの中心地で、Music Cityと呼ばれているとか。この街の象徴性を巧く使った劇構成だということになるのだろう。

冒頭のレコーディング・シーンでの、愛国歌とゴスペルの交錯。愛国歌を歌うベテラン歌手(北島三郎と何となくイメージが被る)が若いピアニストをクビにして「髪を切れ。ここはナッシュビルだ」と言う台詞に、ナッシュビルという街の保守性と、世代間対立の構図が見える。同じくこの歌手に追い出されたレポーター娘は、ゴスペルのレコーディングを聞きながら「天使みたい」と感嘆するが、二つのレコーディングが素早くショットを交替させ合うことで、いかにもアメリカ的な二つの歌が干渉し合い、ずらし合い、アメリカという国が自己矛盾していくさまが焙り出される。この辺の手際が見事。

この映画は、歌、選挙演説、会話、という、声、声、声、の映画(その意味では、耳の不自由な子供を登場させるのにも演出的な意図が見出せる)。歌は皆が耳を傾けるのに対し、選挙カーから流れる言葉は誰に聞かれるわけでもなく、一方的に街の空気を覆うBGMのよう。無数のすれ違い、齟齬、衝突の織りなす、コミュニケーションの交通渋滞のようなこの映画には、当然のごとく、交通事故、渋滞シーンが挿入される。そんな混乱に足止めされる群衆に聞かれることなく流れ続ける選挙演説という、滑稽というにはあまりにニヒルな情景。

また、バラバラな人々の視線を一点に集中させ、耳を傾けさせる統合装置としての歌も、例えばプレイボーイの歌手が「ここにいる或る人に捧げる」と歌った曲を自分に捧げられたもののように聴く女たちや、病気で倒れた女性歌手が、復帰したステージでなかなか次の曲を始めず、自分の身の上話を延々と続けて退場させられるシーン、彼女との共演を夢見る歌手志望の女が、呼ばれた選挙資金パーティで歌よりもストリップを求められるシーン等、冒頭からほのめかされていた分裂が徐々に顕在化していく。

最後のステージ・シーンでの、女性歌手のマネージャー兼夫と議員のスタッフが「政治色は出すなと言っただろう!」「今さら横断幕を下げている時間はない!」と怒鳴り合うやりとりの後、歌で皆が一つにまとまったように思えた直後、女性歌手は群衆の中の一人の男に撃たれ、ベテラン歌手は事態を収束させようと「歌おう」と虚しく呼びかける。撃った男は、女性歌手の復帰ステージを観に来ていた男で、そのとき居合わせていたベトナム帰還兵の青年も、最後のステージにいたのだが、国の為に出征した筈の彼は、愛郷心と家族愛をかき立てる歌を歌った女性歌手が撃たれるのを防ぐこともできず、会場を一人去っていくのだ。このことは、冒頭のレコーディング・シーンでベテラン歌手が「息子が出兵するのは辛いが、国の為だ、仕方がない」といった意味の歌詞を歌っていたことを思うと、幾重にも皮肉だ。

ベテラン歌手が退場した後を受けて、若い女の歌手が群衆に呼びかけて合唱するシーンは、再び皆が歌によってまとまる、哀しくも感動的なシーンと言えないこともないのだが、その歌詞は「自由じゃないと言われても気にしない」、パンの値段が上がっても、税金が免除されなくても、「何も気にしないわ」という悲壮感さえ漂うもの。能天気に国や家族への愛を歌うことはもう不可能な時代に突入したアメリカの状況を思わせる。「心安らかに暮らせないなら、人生は無意味。ハエ叩きのような不要な物しか残らない」という呼びかけは、劇中にハエ叩きに印を付ける発明をした話が出てきたことを思い起こさせ、こうした劇的でないのに効果的な伏線を置くようなところも好きだ。

暗闇の中、歌声だけが続いていく最後の最後での演出は、歌声が途切れればもはや暗闇しか残らない、という瀬戸際感あふれる時代性を感じさせる。スタッフロールの後に持ってきたのも頷ける。

この映画、WOWOWの放送で観たのだけど、最後の暗闇の場面では、放送事故だと思われるのを避けたかったのか、デカデカと「ナッシュビル」のタイトルが表示されていて、製作者の演出意図を阻害することおびただしい。せめて、いつも本編中に挿入されるWOWOWのロゴくらいにすべきだろう。不適切だ。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。