[コメント] ロッキー5 最後のドラマ(1990/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
冒頭、ドラゴ戦を終えたロッキーはシャワールームで全身を打ち震わせて、死への恐怖におののく。前作『4』で絵に描いたようなアメリカン・ヒーロイズムを体現して見せた彼が、その実、恐怖という名の刃に心を切り刻まれながら戦っていたことを告白するのだ。このシーンで、フィラデルフィアのゴロツキだったロッキーと、ヒーローの名を欲しいままにしたスーパースター・ロッキーがひとりの人間像として完全に消化される。
ロッキー自身にとっても、ドラゴとの死闘は奇跡そのものだったのだ。亡くなったアポロの思いを背負っていなければ、到底戦い抜くことなんてできなかった試合だったのだ。だからロッキーはこのとき、悟るんだ。
「俺はもう、戦えない」
金や名誉のためじゃなく、アポロと自分の存在を証明するためだけにロシアン・モンスターとの戦いに挑んだ彼にとって、もう「リングで死ぬ理由」は何ひとつ残っていなかった。
そして、未練だけが残った。
そんなロッキーの目の前に現れたトミー・ガン。若く、ハングリーで、怒りに満ちていて、まだ何者でもない男。それは、あのころのロッキーそのものだった。だからロッキーは、トミーの未来に恋をしたんだ。
ロッキーとトミーの蜜月の日々は、長くは続かなかった。ロッキーはミッキーにはなれなかったし、無論トミーにもなれなかった。トミーだって、自分がロッキーになりたかったのであって、ロッキーの恋人なんかには決してなりたくなかった。
ロッキーの手を離れたトミーは、順当に世界タイトルを獲得した。「俺もついにロッキーになったんだ」彼はそう思ったはずだ。だが、そんなトミーを待ち受けていたのはマスコミの手痛い批判の声だった。
金も得た。地位も得た。だが、自分が自分であることを証明するためにトミーはどうしたってロッキーを倒さなければならなくなった。
トミーが自分の元を離れ、ロッキーはやはり自分の未来を生きなければならなくなった。そのためには、この胸を灼き続ける未練を根こそぎ断ち切ってしまわなければならなかった。ロッキーにもまた、「これからの自分」を証明する戦いが必要だったのだ。
薄汚れた街角で、そんなふたつの魂が激しく衝突する。トミーに殴られ、ロッキーの頭にまた、あのボクシングで感じた「死」の恐怖がよぎる。克服しなければならない過去がよぎる。ロッキーにとって恐怖と栄光は表裏一体だった。ロッキーはそのすべてを、打ち払わなければならなかった。
だからロッキーはボクシングを棄てた。トミーの後頭部を殴りつけ、脚を蹴り払い、抱え上げて投げ飛ばすことで初めて、ロッキー・バルボアはボクサーであることから本当の意味での引退を果たしたのだ。
ラスト、もう昔のようにあの階段を軽快に駆け上がることができなくなったロッキー。彼は20年間、この階段を駆け上がっては後ろを振り向き、フィラデルフィアを見下ろして雄たけびを上げ続けた。いつかこの街を出てやるんだと、ゴロツキだった自分を蹴散らしてやるんだと雄たけびを上げ続けた。
だが、今のロッキーには、もう振り返る理由なんてない。右腕に誇りを、左腕に大切な家族を抱き、「一度も入ったことがない」という美術館へと歩を進める。
ロッキー・バルボアは、人生という名の階段を登りつめた「その先」の一歩を、今ここに踏み出したんだ。あまりにも見事な、素晴らしい幕引きじゃないか。
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▼余談
全米にテレビ中継される中、老いたロッキーに打ちのめされるトミー“ザ・マシン”ガンを演じたトミー・モリソンは本作撮影当時駆け出しのボクサーであり、「映画なんかに出ている場合か」と関係各位から大いなる批判を浴びた。
それにもめげずに連勝を重ねスターダムへの階段を登り始めると、今度は「白いタイソン」とニックネームされ、マイク・タイソンと比較されるようになった。その比較は主に「モリソンはタイソンに比べ、どこが劣っているのか」という論調に支配され、彼にとっては相当に辛い時期だったはずだ。
だが、初めて挑んだ世界タイトルマッチで不倒の強打者レイ・マーサーとボクシング史に残る大激戦(マジすごかった)を繰り広げて一気に専門家筋の評価を覆し、最後には伝説の王者ジョージ・フォアマン(『1』で登場したフィラデルフィアの英雄“スモーキン”ジョー・フレイジャーをまったく寄せ付けず、子供扱いしてノックアウトしたことがある)を破って世界ヘビー級タイトルを獲得した。そうだ。あいつだって、史上最強の白人ヘビーウェイトのひとりに数えられるような名選手になったんだぜ!
▼余談その2
そのジョー・フレイジャーというボクサー。若いころフィラデルフィアの食肉工場で働きながらチャンピオンを目指してたんだぜ!
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