コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] にっぽんぱらだいす(1964/日)

香山美子は『赤線地帯』の川上康子に違いない。とすればミゾグチの遺作を引き継ぐ処女作という大胆な構想を成功させて余りある傑作。感動的なのは喜劇というジャンルの懐の深さを認識させてくれることだ。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







様々な立場の面々が入り乱れるカーニバルの様相を呈しており、銅像になる加東大介も逆上する菅原文太益田喜頓の「わしはカブト虫だ」もホキ徳田の組合活動も貞操帯代わりに客のズボンを履く加賀まりこ浦辺粂子のよく判らない純情も勝呂誉のよく判る純情も金に寝返る中村雅子も『祇園囃子』から参入したらしく飲んだくれて賑やかな菅井一郎も赤線が終わって残念がる長門勇も適材適所、女性議員のオバサンまでがみな生き生きとしていて素晴らしい。

色んな人がいて社会は転がっているのを得心させられる。これは、色町という主題を扱うのにとても相応しいことだ。特殊慰安婦協会からトルコ風呂に至る近代風俗史の記録としても優れており、喜劇とは何と見事に社会を描くのだろうと、目から鱗の90分。作者は生き生きした人物たちを一方では愛情込めて描いているが、他方ではこれを冷淡に見下ろす視線を貫いている。預金額を思い出して奇怪に嗤う長門裕之はじめ、上記の誰も倫理的な非難を免れないだろう。

さらにこの喜劇は悲劇まで描いてしまう。本作の最高のショットは、競歩のギャグから突然周りに人がいなくなり、厳しい顔をして帰る香山のバストショットだろう。あのとき彼女の最期は予告されている。美しい花魁になり、外出しなくなった彼女は赤線そのものだったのであり、あのとき禁を破った自らの死期を悟ったのだった。ここでも作者は冷淡な視線を忘れていない。この突き放す冷たさには安吾の「文学のふるさと」のような感触がある。

冒頭の客車から最後の引越しまで、外へ出たキャメラの華々しさも素晴らしい。売春婦同士の喧嘩がさらりと処理される辺りの軽妙な話法には、殆どうっとりとしてしまう。音楽も見事。これが処女作とはすごい。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)ゑぎ[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。