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[コメント] 真人間(1938/米)

この仮釈放中の監視ドラマには、ラングらしいナチからの逃走という含意が横溢している。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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本作のホンのキモは、仮釈放中は結婚できない、というナンセンスな規則だ。まるでシェークスピア喜劇の、結婚を阻害する王様の我が儘な宣言のようなのだ。シェークスピアならこれがラストで覆る処だが、本作ではそうはならない。この規則、本当か虚構か知らないが、映画はこれをやんわりと非難している。そしてその非難はナチのホロコーストに通じていると感じられる。裁判所の連中はいつものラングのように徹底的に不気味である一方、ギャング集団が倦怠を示す印象深い中盤の件は不気味のなかに人間味がある。監獄で殺されるギャングのボス(本人は登場せず、影と音だけで示される)の件でこの対照は炸裂している。

ジョージ・ラフト(なんという不気味な造形だろう)がデート中に絡まれた男を(シルヴィア・シドニーの目を一瞬盗んで)殴り、ソファーに凭れさせるが床にずり落ちてしまうショット、この一瞬の狂気が禍々しい。アパートの大家の小母さんが二人に最初に見せる拒否反応も絶妙で、この後彼女はシルヴィアの味方になるのだが、いつ再び拒否を見せるかとヒヤヒヤさせられる。シルヴィア・シドニーがどういう犯罪者だったのかの履歴を映画が語らないのも、不条理なリアルを構築するにあたって的確だ。

この不気味な序中盤を挟む大筋は、冒頭の教訓そのものの唄から初めて、ギャングが赤ん坊を讃える「真人間」になるまでを語るもので、そのタッチはディズニー調だ。板書の件辺りからの展開は『シンデレラ』を想起させる。シルヴィア・シドニーがシンデレラ、剽軽なバートン・マクレーン以下のギャングたちは七人の小人に見えてくるのだ(ジョージ・ラフトの個性は消え去りこの小人集団に埋没する)。無論『シンデレラ』はまだ撮られていないのだから、本作はその元祖の誉れを(『教授と美女』などと並べて)受けるべき作品なのかも知れない。何か天上的な味がある。

しかしこれは、上記の不気味を通過したが故に生じる味であろう。ラストの結婚を裁判所は許す訳もなく、このハッピーエンドは相変わらず地下でなされることなのだ。普通の教訓劇では全然ないのである。

(評価:★4)

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