コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 汚れなき祈り(2012/ルーマニア=仏=ベルギー)

修道院とは、信仰のない者は救わない場所、来てはいけない場所、出て行ってほしい場所だということが徐々に判明してくる。私にはそれがショックだった(含『尼僧ヨアンナ』『エクソシスト』のネタバレ)。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







キリスト教徒にはそんなこと当たり前なのかも知れないが。本邦でも山上の密教の仏閣なんて、そんなものだろうか。

東欧の悪魔祓いなら『尼僧ヨアンナ』が想起される処だが、ポーランドはカソリック、このルーマニアは正教で随分違うのだろう。前者は前世紀、悪魔祓いの専門寺院の話だし、これもカソリックの『エクソシスト』は悪魔祓いの専門神父が召喚されていた。本作は修道院の30代の神父が悪魔祓いを施してしまう(「聖大ワシリイの祈り」などが読まれた、とある)。「悪魔に試みられている」と苦しむ神父は神父なりに真摯であった。

アリーナは幼馴染の友達だけを求め必要としている。この視点は一貫しており、これだけは真理と思わせられる。この娘もいいが、精薄の兄(最初ガソリンスタンドに勤めていて、修道院に引き取られる)の造形がさらに優れており、行き場なしの苦しさが伝わってくる。徐々に降り積もる雪もいい。

ラストの泥水は見事で、科学偏重に偏りかけた作品の視点を連れ戻し、宙吊りにしている。直前の警官たちの雑談はこうだった。「母親を殺した息子は死体の映像をネットで晒している。もう世の中にモラルなんかないんだ」。神を否定して理性と警察力でモラルを維持し続けたのが社会主義時代だったのだろう。社会主義が否定され、教会が復権したのはルーマニアも同じだっただろう。そこでキリスト教が頼りないのでは、もうモラルなど成り立たない。映画がよく提示したのはこの足場のない状況なんだろうと想像する。エンドタイトルの伴奏は知らない曲だが宗教音楽に違いない。

本作が頼りないのは、死亡事件の原因が精神病院の増床工事に伴う患者追い出し、という形而下的な原因であることで、このまま精神病院に入院していたら救われたのに、という処で事件はイマイチ切実でなくなってしまった。ただ、彼女の「声が聞こえる」は統合失調症状だが「なすべきことが聞こえる」はそうではないのかも知れず、それならば、彼女は病院に残っても救われなかったのかも知れない。そこの処は曖昧に終わってしまった。処方されるジプレキサもレボメプロマジンもメジャーな向精神薬の由。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。