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[コメント] 夫婦善哉(1955/日)

森繁のグネグネした芸風はこの排斥された船場の跡取り息子にぴったりだった。座敷は鳥瞰から撮られ、キャメラは融通無碍に振り回されるのだがいちいちが素晴らしく決まっている。中村鴈治郎を小さくしたような田村楽太がやたら味があって忘れ難い。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







淡島はいったい何を考えているのか、という疑問でもって映画は観られることになる。彼女は森繁が好きなんだろうが、どのように好きなのか。金持ちの跡取りだから好きなのか。森繁の病気の妻の死を知って法善寺に御礼を云っている。森繁を「男にしてみせます」と云い、沢村いき雄の占い師(『天国と地獄』の一方的な鉄道解説が想起される)に「男はんに尽くす心が仇になる」と云われて、森繁に厳しく当たり始める。

本家の財産奪取のため、森繁はアワシマと一旦別れるという狂言を考えつくが、アワシマは厭だと手切れ金を受け取らず仲介の番頭を追い返す、という中盤のサスペンスがある。本妻死んで後釜に入った芸者の先輩万代峰子の線を願っていたのだろう。

前年デヴューの森繁の妹役の司葉子は重要な役処で、アワシマに父も本当は森繁の世話してくれる貴女を喜んでいると伝える。この噂は、森繁がそんなのは嘘かも知れんと云うのでかえって信憑性が増すのだが、結局は司がいい加減なことを云ったのだった。善人が願望を漏らした類のものだったのだろう。森繁は実家に乗り込んで「ここは法律上もボクの家や」と乱闘。中風で寝た切りの森繁の父小堀誠は尿瓶求めて相手にしない。

そして小堀が臨終になり、アワシマは森繁に小堀が自分の身の振り方をどう指示したのか問いただす。小堀がアワシマを喜んでいると司が云ったのは本当なのか嘘なのかを質したいのだ。そんな気がまるでない森繁。そして結局、アワシマは実家に相手にされていないと知れて自殺未遂に及ぶ。

全ては彼女の、男と一緒になっての自己実現だったのだろう。全て破れて「わてが悪いんやな」と泣いてから法善寺に「お礼参り」。法善寺は浄土宗。ふたりが腐れ縁を確認するラストは腐れ縁としか云いようがない。

このふたり、アワシマが姐さんと呼ぶ浪花千栄子の世話でやとなに出ながら、居酒屋したこともある。森繁「商売ってオモロイなあ。客がくる度に銭箱が増えよんのや」。どこまでも気楽な人間だった。そして万代に出資してもらってすき焼き屋。その後もここで生活は続くのだろう。

設定は「昭和七年の頃」。冒頭の熱海旅館、森繁が「しんねこ」でやりますと仲居に云うのは男女差し向かいでやりますの意。続く地震は外の樹木までぐらぐら揺れているが、どうやって撮ったのだろう。アワシマの両親は御馴染み三好栄子に、中村鴈治郎を小型にしたような田村楽太が天ぷら揚げている。この人がやたら味がある。三好が寝込んで、アワシマにうちにも何もないがほうれん草持っていけと云う件がいい。アワシマの三味で上田吉二郎は浪花節を唸る。夫婦善哉の正面にある人形がOPとラストでも使われている。四度登場する自由軒のカレーライスが喰ってみたい。

撮影美術は神懸かって充実している。間借りの二階屋はしばしば鳥瞰になりこれがいい構図を連発する。ユルく弱く流れたり止まったりする劇伴は『愛のむきだし』風。現存フィルムはピンが甘い。リマスター版はあるのだろうか。再見。

(評価:★5)

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