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[コメント] 路傍の石(1938/日)

本作の出来事全てが片山明彦のひとつの呟き「天は人の上に人を作らず」の周りを巡るという極めてロジカルな作劇。番頭に吾一を五助と名前を変えられる件を『千と千尋』は引用したに違いない。撮影充実、鉄橋の件がとりわけ素晴らしい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







河原で中学行っても商売の役に立たない談義。中学行く者は妬まれる関係性。片山は貧乏だから進学できないと云われて喧嘩。袋貼の内職している母滝花久子(若い)に進学をねだる。勉強できる子が行くところじゃありません、うちは家賃も払えない。内職手伝おうとすると「男のすることじゃない。勉強しろ」「したって進学できない」「おっ母さんを困らすんじゃありません」。夜になりランプの下、居眠りしている母の横で片山は袋貼を始める。「じゃあちょっと手伝っておくれ」。ノルマを済ませて渡すと母は左前で失敗と冷酷に告げ、もういいと冷淡に男子を突き放し直し始める。片山泣き出し、やんわり慰める母。この序盤からしていい。正に名作少年文学の味がある。

先生小杉勇は代用教員なのだろう。東京に出て文学で立つと本屋、教科書販売の友人稲葉屋のやすさん井染四郎に大言壮語。やすさんは大家で「家作を持っている者の当然の立場」と滝花の家賃待っている。片山が本屋の留守番して、文部大臣と福沢諭吉の写真が最初に載っている中学の教科書を捲っていると、獅子舞が入って来て片山と一対一で向き合うシュールでユーモラスな件がある。これは片山の中学志望の意志を宙吊りにするに違いない。獅子舞は笛と太鼓従えている。

山本礼三郎は滅多に家に帰らず。母は保険の外交と見え透いた嘘をついている。小杉はお金出してくれる人いるからと進学を勧め片山喜び、出資者の稲葉屋さんに報告したら「学問ノススメ」をくれる。そこに猜疑心の塊のような父が戻り「人を信用するのはこりごりだ。お前(滝花)も俺を信用して貧乏して後悔しているじゃないか」と無茶苦茶な自己言及の理屈で申し出を断ってしまう。片山は希望者が少ないから中学は無試験、みんな行くと聞かされて泣く。ロングのいいショットがある。

父の仲介で呉服屋の伊勢屋に丁稚。商人らしくと番頭に名前、吾一を五助に変えられる。『千と千尋』の本名奪われる件はこの引用だろうか。片山と仲良しだった同じ日生まれの娘のおぬい星美千子に頭下げて、お嬢さんよろしくお願いします。娘は不興げに手回しオルガン回している。さらに娘の前でお辞儀の仕方直される。食事終わっても休む前にもお辞儀。商いの修行、下げるときより上げるときに力が入っているのは相手を蔑んでいる証拠とか云われる。

「五助どん」「へい」の世界。娘も呼び捨てにして出す下駄を違う違うと指示する件はこの関係性が徹底されていて辛い。東映時代劇なら本心じゃなかったのと後でよりを戻す処だが、放り出しっぱなしで終えてしまうのがハードだ。井戸汲み風呂焚きハンチング被って四角な風呂敷担いで外回り。小杉は東京へ去る。先輩に小突かれる。片山は耐え続け、一度だけ「天は人の上に人を作らず」と暗唱を呟く。

中学行った長男あさちゃんに宿題頼まれ解いていると先輩に小突かれ、忙しく、せがまれて夜なべして宿題。滝花も夜なべして内職のカットバック。滝花は過労で倒れてしまう。母が死んだと聞かされて夜の町を駆けて戻ると父がいて、母は身投げをしたらしく、父は稲葉屋との関係疑うようなこと喋っており、片山は逃げて道端でひとり泣く。ここもロングのいいショットがある。

勉強ばかりして見込みがないと、番頭に連れられていつかの鉄橋渡って「馬車電車」走る東京で色街の沢村貞子に売られる。さっそく手伝わされ、毎日ランプ掃除、夜学も断られ、呆れ果てて適当に働くようになる片山が面白い。ここでも真面目に働いたらさすがにバカだよねと思わせる呼吸がある。

下宿する医科大の梅原さんは彼の丁稚風のへいと云う返事をはいに直し、「達磨さん達磨さん、お足をお出し、自分のお足で歩いて御覧」なる詞付の漫画を片山に見せて、「今の時代、画だって声を出さずにいられるか。誰かに蹴とばされないと本当の銅鑼声が出てこない、背中に重いものを乗っけられて此畜生と跳ね返すのが俺たちのポンチ画なんだ。希代の詩人はこうした苦労のなかに生まれてくるに決まっている」。海鮮丼喰わせてもらってバレて女将に怒られ、片山はランプ次々に叩き割って自分のお足で歩くに決めるのだった。

実に痛快な収束で、先に上京した小杉を訪ねるという担保があるからできた痛快さ、という点弱いのだが、小杉だって露頭に迷っているかも知れず、見る前に飛んだことに変わりはない。冒頭に「第一部」と入るから続編が企画されていたのかも知れず、どうだったのだろう。

新橋発みたいなレトロな汽車が再々登場して単体で逆走したりしており、その踏切に遮断機はない。中盤、片山が学友と賭けして鉄橋の枕木にぶら下がり汽車通過の件が素晴らしかった。子供らは皮肉に鉄道唱歌合唱。意固地と云われ引き下がれなくなり、見ていられない星は駆け去る。無骨な細かいカット割りと、不思議な二重写しの汽車の鉄橋通過にサイレントホラー風の味わいがあった。この日活作品の録音は悪く、子供の科白が聞き取りにくいのが難。再見。

(評価:★5)

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