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[コメント] エニイ・ギブン・サンデー(1999/米)

これはもはや剣豪小説のノリ。戦いのための戦いに己を晒す真の“戦士”たちの本能を、ひさびさに感じまくりました。
あまでうす

実は私、アメリカンフットボールはルールさえよくわからんのです。「パドル」やら「ファンブル」やら専門用語出されてもチンプンカンプン。でも、んなこたぁどーでもいいんですね。

ふつー、何のために戦うのか?と問われたら、"信念"だの"正義"だの、"仲間"だの、それから最近だと"自分らしく生きる"ですか? まぁ、そんなカンジの答えが返ってきますよねぇ。

さすが、暴れん坊監督オリバー・ストーン。んな、お綺麗な解答はしません。彼の答えは単純明快。「戦いたいから戦うに決まってんだろ。」

真の戦士とは、「何かの為に戦う」ような事はしません。戦うために戦うのです。何かを得るために武器を取るのではなく、戦いそのものを望むのです。まるで呼吸するように戦い続け、戦いなしでは生きていけない。戦うことが生きることで、戦場以外の世界は存在しない。

それゆえ、勝ち負けは関係ありません。重要なのは、結果ではなく過程です。つまり、どう戦うか。司馬遼太郎はこういった戦士たちを「芸術家」と呼びました。己の力で、戦闘という芸術を産み出すのです。

異常ですねぇ。「野蛮な人殺しと芸術を一緒にすんな」とお怒りの方もいるでしょう。しかし、我々の中には戦う本能が確かに存在することは、否定しようがないっしょ?

刃も銃弾も登場しませんが、この映画は“真の戦士”という者が存在することを、鮮やかに示してくれます。同時に、意義だの価値だのという言葉を持ち出して、戦いの物語を小難しく小奇麗に塗り固めてしまう他の映画への、凄惨な嘲笑ともなっているのです。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)makoto7774[*] 浅草12階の幽霊[*] Kavalier[*]

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