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[コメント] 蛇イチゴ(2002/日)

人とは、デタラメなもの。デタラメを許容すまいとする頑なな姿勢は、それ自体がデタラメになりかねない。「出たら目」とは、サイコロの目の事。人生もまた不確定性だらけ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







むう…。sawa38さんが指摘されたこの映画の一つの構図、“担当する男子生徒を嘘つきと断定した倫子が、彼女自身が子供だった頃に兄から「森に蛇イチゴが生えていた」と教えられたのを、嘘だと断定していたのは、実は彼女の思い込みだった”、――これにピンと来ました。

倫子は母から「なんだか怖い」と言われてしまうけど、そんな倫子自身、男子生徒に嘘をつかれている筈の女子生徒から、逆に、彼を嘘つきと断定する根拠を問われてしまい、その子が「怖い」と漏らす。倫子の母は、倫子の「正しさ」一辺倒な雰囲気に、息が詰まりそうになっているのだけど、その倫子は、彼女自身の「正しさ」を問う女子生徒の「正しさ」に、喉元をつかまれる。情況証拠としては男子生徒を疑うに充分なのだが、断定に至る証拠が無いのも事実なのだ。 倫子の同僚で婚約者の鎌田に、「(その女子生徒と)似てるんじゃないの」と言われる倫子が、自身の「正しさ」と向き合う過程が、一応はこの映画の軸なのだろう。

そう考えると、森の中で兄に「この川を越えたら、本当に蛇イチゴがある」と言われた時、逃げ出し、兄を警察に逮捕させようとするのも、自分の「正しさ」が崩壊するのを押しとどめる為。兄が嘘で他人から金を盗んでいた大悪に比べたら、自分が充分な証拠も無く兄を疑っていた事など大した事ではない、と自分に言い聞かせるように、警察に通報をする。だが、自分が間違った根拠、というか思い込みの上に立って信じていた「正しさ」を守る為に、急に兄を警察に渡そうと考えるというのは、倫理的に「不正」ではないのか。

母は義父を見殺しにするし、父は会社をクビになったのを隠し、借金まみれになる。だけど、母は痴呆の義父の面倒を一人で看続けてきたのだし、父は、具体的な事情は語られないが、何か会社の不正のとばっちりを受け、自分が泥を被る形で、会社に居られなくなった様子。二人共に、それまで一人で真面目にやって来た挙句、限界に達したわけだ。逆に、それまで散々嘘と悪事を働いてきた兄の周治も、借金取りを追い返す為に、弁護士のフリをしたり、盗んだ香典をポンと出したり。「正しさ」の裏に不正を隠した倫子と、不正の背後に正しさも隠している家族。いや、どちらも同じ事なのかも知れないが。

鎌田にしても、「明智の家には、僕らの家には無いものがあるって家族と話していたんだけど、結局、騙されていたっていうか、やっぱ、僕たち金があって良かったね、って」などとのたまう。人間、誰もが裏表だらけである。彼は、明智家を訪ねたときには、普段は飲まないビールを出されても「これでいいです」と気を遣い、明智の父も妙に気を遣ってもてなすが、所詮、どちらも表面を取り繕っていただけの事。内心、互いに相手を軽蔑しているのだ。人は誰もが、イチゴのように甘いツラをして見せる、狡賢い蛇なのか。

「蛇イチゴ」という題名は、単純に語感に惹かれてつけたものなのではないかと、ちょっと眉唾な気持ちで鑑賞していたけど、最終的には、「蛇」と「イチゴ」という、相反するイメージのある言葉が同居するこの名称が、一つの象徴性を得ており、それなりに納得させられた。考えてみれば「蛇」も「イチゴ」も共に、森にあっても何の不思議も無い。 印象が対照的だと思うのは、人間の側の勝手な思い込みかも知れない。

倫子が川を越えられなかったのは、どうせ兄は嘘つきだ、という自分の「正しさ」への固執を越えられなかった、という事なのか。デタラメに生きている周治が、妙に人生の法則に無為自然に従っているように見えてしまうのが、何とも可笑しい。そしてそれは、その兄から「デタラメを言った事が無い」と言われた倫子の視点から見れば、苦いものを含んでいる。

この兄が、両親から金と家との名義を引き受けたのは、彼の言葉通り、破産する両親の財産を守る為の行為だったのか、それとも、倫子が推理したように、家族さえ騙して金を巻き上げる企みがあったのか、は結局、最後まで謎のまま。兄が家に残した、彼が嘘をついていなかった証しとしての蛇イチゴを呆然と見つめる倫子には、再び兄を信じるか、という問いもまた残された観がある。更には、父の勘当がようやく解かれた兄を、再び家から追放した倫子には、「正しさ」の虚しさもまた、残される。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)sawa:38[*]

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