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[コメント] 成瀬巳喜男 記憶の現場(2005/日)

印象的なのは石井輝男の師匠愛で、そのニュアンスが映像で残されたのに意義があるだろう。今村に対決姿勢を示されたオヅとえらい違いであり、その理由は奈辺にあったのか。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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高峰秀子(資料提供者に名前がある)と中古智(本作製作時には亡くなられている)は、ナルセについて多くの充実した回想を残しており、本作のナルセ分析はその線に沿ったものでしかなく、インタヴューの面白さはあるが新味はない。厄介なことにこの二人、晩年仲違いしていた訳で、この跡目争いが本作に暗雲を投げかけているように見える。まるで高峰組の後輩俳優陣と中古組の後輩スタッフ達が、俺の大将の方が偉かったと競い合っているようなのだ(『女の中にいる他人』以降、ナルセがセットを簡素にしたがり中古が悩んでいた、という指摘は興味深く、ナルセは最後は白布一枚切りの背景の映画を撮りたいと語っていたという凸ちゃんの回想(中古は聞いていないと反対している)に味方している具合である)。

このように殆どが俳優とスタッフとから見た回想であり、肝心のナルセ映画を作品としてどう観るかという視点がすっぽり抜けてしまっている。そのためこのドキュメンタリー監督がナルセ映画の何を愛して本作を撮ったのかが判然としない。新藤の『ある映画監督の生涯』のように田中絹代を問い詰めてゲロさせるようなスリリングな瞬間が設けられている訳でもない。全盛期の関係者が亡くなられているのは痛かろう。撮られるのが遅すぎた。凸ちゃんや中古はもちろん、奥さんの千葉早智子五所平之助玉井正夫斎藤達雄藤原釜足がここにいたら、どんなに素敵だっただろう。

そんななか、石井輝男の『浮雲』批評が抜群に光っている。社会派だったナルセがドン詰まって絶望を表現したのが同作だ、という評価は満腔の同意を捧げたい。もっと石井に語らせてほしかった。小林桂樹の、毎朝窓の外を携帯電話かけながら出勤するサラリーマンを見てナルセ世界だと思うという指摘はユーモラスで素晴らしく、司葉子のナルセ映画は要するに編集であり俳優は(高峰さんクラスは別にして)作品に寄与していないという突き放した発言はドライでリアル。印象に残ったのはこの三点。あと、司や草笛光子がナルセのイジワル爺さん振りについて語る件は人柄が偲ばれて愉しい。せっかくだから『放浪記』で何十テイクも回された逸話が有名な宝田明にも語ってほしかった。何で不参加なのだろう。

乱れ雲』回想で司葉子は加山雄三と一緒にラホールに行く結末と勘違いしており(あるいはそう受け取れる編集の不備があり)これは興ざめ。ぶち壊しであると製作者は気づいていただろうか。

(評価:★3)

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