コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] TAKESHIS’(2005/日)

ダメな内容であるが故に価値のある映画。卑小な生、卑小な現実、卑小な悪夢。それは私たち自身のもの。
hk

この映画は、寒いんです。寒いが故に、悲しくて、侘しくて、可笑しいんです。

それは、何かに似ています。そう、私たちの現実です。寒い映画は、私たちに現実というものを再確認させ、それに耐えることを、それを肯定することを、教えてくれるのです。

現実逃避させること、現実離れした美しいものを観せること、それらはこの映画の仕事ではありません。この映画は、情けなくて、いい加減で、残酷で、単純で、ダサくて、馬鹿馬鹿しい、そんな誰もが目を背けたくなるような「現実」というものを突きつけてくるのです。私たちにとって、映画とは何でしょう。美しい映画や完璧な映画は、反面で、私たちの現実を何か貧弱なもの、否定されるべきもの、価値の低いものにしてしまいます。私たちのこの掛け替えのない現実を大切に描いてくれる映画、現実逃避させるのではなく現実を直視させる映画、私たちに現実というものを再び信じさせてくれる映画...映画の世界と私たちの現実を結びつけ、私たちの映画に対する信頼を、そして私たち自身の現実に対する信頼を取り戻させてくれる映画を、私たちは大切にしなければならないでしょう。

(注) 「現実」「現実」と書きすぎましたが、この映画は、当初、北野武が構想していた「フラクタル」というタイトルのとおり、どれが主人公の現実でどれが夢であるのか、誰の夢であり誰の現実なのかが、一見では判別し難い奇妙な構造の映画となっています。ただ、そんな構造を採用した目的はそれらの謎を解明することにあるのではなく、主人公のリアリティが蝕まれてあること、観客のリアリティも蝕むこと、リアリティの蝕まれた現代世界を描くこと、といったところにあるのだと思われます。そして何より、注目すべきことは、それら、「現実」や「夢」が、決して完成度の高いものであったり美しいものであったりすることはなく、よくいる等身大の男の不完全で短絡的で情けない内容のものであることです。つまり、夢・悪夢ですら「現実的な」男のものであるということです。よって、この映画は、リンチの「マルホランド・ドライブ」や、コーエン兄弟の「バートン・フィンク」のような完成度の高い現実・悪夢を描いた作品と同じ地平で論じるべき作品ではありません。言い換えれば、この映画は、完成度の高い悪夢を描くことに失敗したのではなく、そもそも不完全な悪夢を描くことに目的があったということです。私がこの映画が「寒い」「現実と似ている」といったのは、その意味においてです。

-------------------------------------------------------------------------------

追記(11月13日)

私自身、まだ一度しか鑑賞してませんし、周辺情報も人並みにしか知りませんので、この映画を評価するに当たって誤読があるかもしれませんが、それでも、この映画は武映画の中でも特に高く評価されるべき作品であってほしいと考えています。言い換えると、武の真意と私の解釈にズレがある可能性は否定できません(もしそうであれば、この映画はゴミ映画でしょう)が、ズレがないのであれば間違いなくこの作品は武映画の最高傑作の一つと言えるのではないかということです。

この映画は多くの人に誤解されることでしょう。その誤解は、ある意味でもっともなもので、ある意味で見当違いなものだと思います。その差は、この映画に対する評価軸・鑑賞軸の差異にあります。見方一つでゴミ映画にでも最高傑作にもなるでしょう。この映画は、例えば「ソナチネ」(芸術性)や「座頭市」(娯楽性)とは方向性が全く違うものですので、「芸術的ではないからダメだ」「ネタが滑ってるからダメだ」といった評価は的外れでしかないと思います。実際のところ、逆に、「芸術的ではないから良い」「ネタのすべり具合が良い」と評価すべき映画であり、「寒さ」云々を巡る上記の説明の趣旨はそこにあるのです。つまり、いわゆる「よくできた映画」とは一線を画した映画である為、見る側もそれに応じた見方が必要とされ、それが私の場合「寒さ」「現実に似ている」という評価軸を持ち込む理由となっていたのです。

「カッコいい映画なんて恥ずかしくて撮ってらんないよ」「映画の主人公みたいな人間なんているわけねぇじゃねぇかよ」「馬鹿馬鹿しいのが面白いんだよ」「理路整然とした悪夢なんて見たことねぇよ」といった武の呟きがこの映画を通して聴こえてくるのは私だけでしょうか?(おそらく完)

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (4 人)sawa:38[*] グラント・リー・バッファロー[*] ペペロンチーノ[*] 甘崎庵[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。