コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 酔いどれ天使(1948/日)

ヤクザの更生を描きたかった植草、三船を格好よく撮りたかった黒澤、ふたりの最後の共作(含『素晴らしき日曜日』『生きる』のネタバレ)。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







野外舞台の廃墟で夜中のギター演奏(志村は間違えてマンドリンと云う)は『素晴らしき日曜日』の続編の気分で、実際に闇から中北千枝子が出てきたりする。しかしグラウンドだった敷地は沼地になっており、メタンガスが吹き、大八車でゴミが棄てられ、志村はこの沼は三船の肺みたいなものだと云う。朝に子供たちが集っているのは『日曜日』の影絵のような浮浪児を思い出させる。このロケ地が映画に落ち着きのなさを与えている。この沼地は『生きる』で公園に整地されるだろう。

沼で三船は幻覚を見る。沼は海際になっており、上がった棺を斧で開けると自分が出てきて追いかけられる。『野いちご』(57)にもそっくりの件があり、どちらも超有名作だから多分解明されているんだろうがベルイマンがパクったのだろう。

山本礼三郎はこの沼地でギターを借りて「人殺しの唄」を弾き、町中にメロディが流れて出獄が知れる。山本はこの演奏を闇に隠れて弾く。ギターが弾けないのかなと思わせるが終盤では一転上手に弾いているのが不思議。中北がこの裏切られた始めての男を忘れられないノとヨヨと泣く辺りの昔風。中北を俺の女房だ出せと脅す山本に志村は男女同権、お前がぶち込まれた封建時代とは時代が違うと云う。

三船は化粧して爬虫類系で表現主義系列、面長の天知茂みたいで、ジャングルブギ唄う笠置シズ子とのカットバックにユーモラスな味がある。久我美子は志村の町医者で治療している。レントゲンは他で撮って持参しているのだろう。三船も新藤英太郎の獲ったレントゲンを酔っ払って夜中に持参する。この当時、結核は治る病気だったらしい。「治るよ。その代わり俺の云うとおりにするんだ」と三船や久我に命じる志村は、精神主義ではなく科学を説いているだろう。

志村は医薬品の「純アルコール」に茶を混ぜて呑んでいる。志村・三船とも「フンッ」と鼻で笑う芝居を合計100回ほども連発し、これが独特で演劇っぽくてイマイチなのだが、ふたりが似た者同士の似た癖を持っているというニュアンスは出ている。山本対三船の丁半博打に大量の札束が行き来するのは当時のインフレの反映だろう。この辺り、三船が何で親分の山本と張り合うのかよく判らない。チンピラには任侠映画のような上下関係はない、ということだろうか。

脚本の植草に「わが青春の黒沢明」という本があり、興味深く読んだ。製作の本木と黒澤との三人で刑事の伝を辿ってヤクザにインタビューなどして、知らない世界をいちから調査している。植草はもっとヤクザの更生を真面目に描きたいという思いがあり、それは完成後の批評でも云われているのだが黒澤はそんなことに興味はなく、ただ格好いい三船の演出に邁進したらしい。これではヤクザを格好よく描いてしまっていると植草は反省し、本作で黒澤と袂を分かっている。

花屋の可愛い木匠久美子は三船が花盗む通る度に頭下げるが、最後に金を請求する。商店街のBGMは郭公になる。親分の清水将夫はどうせ死ぬんだから鉄砲玉で使えと云い、偶然登場した三船を金であしらうとき「卵でも呑みな」と云っている。志村は産みたて卵18円を露天で買う。病院の壁掛け温度計は「わかもと」の広告がある。ウィスキーはニッカが使われている。

山本との有名なペンキまみれの対決も表現主義っぽい。洗濯物が風になびく物干し台での死亡は絶妙なクレーン使いでキャメラも波打つようでミゾグチに拮抗する素晴らしさ。スローモーションやコマ落としも入っているのだろうか。最後に三船が殆どキャメラ目線になるのが素晴らしい(ワイダ『灰とダイヤモンド』は58年)。作品は総体、やくざを封建的遺制と位置づけている。「ケダモノはケダモノさ、ケダモノを人間にしようなんて考えがそもそも甘っちょろいんだよ」なんて物言いはクロサワらしい。ちゃんと結核治した久我美子と対照している。再見。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)緑雨[*] 3819695[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。