[コメント] キートンのエキストラ(1930/米)
トーキーという時代の流れに真正面から立ち向かう姿がある。カンザスの青年がハリウッドに乗り込むという劇中のキートンがまさにそれ。それは不自然にも思えるしがむしゃらにも見て取れる。鑑賞後はキートンの表情が脳裏に焼き付く…。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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バスター・キートンという1人の俳優の新たなる姿を見ることが出来る。歌声を聴けたりダンスを見ることもでき、サイレントではなかなか分からなかった才能を味わえたことは嬉しい。やはり舞台出身なだけあり、キートンに気負った姿は無い。
ただ、彼がサイレント出身のコメディアンという事実が、この作品におけるコメディの質を左右することは必至。キートンは要所要所でサイレント時代を思わせるアクションをするのだが、やはりそれはトーキー劇の「間」においてやるしかなく、そのアクションに劇との繋がりが感じられないのだ(一言で言うと不自然)。ただ、それでも私のようなファンであればそこでシラーっと白ける人は少ないと思う。一生懸命な姿に拍手を送りたいし、そのアクションにしたって(劇との繋がりに欠けるが)笑えないことは無いのだから。
エルマー(キートン)が嘆く姿に何を感じるか・・・。
ある意味、あのオチは名シーンだろう。
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