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[コメント] 影武者(1980/日)

敢えて言おう、この映画の主題は「騎馬隊vs.鉄砲隊」である。或いは、それに托した世代交代劇、過去の栄光が知らぬ間に虚像と化す悲劇。
煽尼采

**ネタバレ注意**
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本物の信玄が死んだ原因が、まず鉄砲の弾。あの、まともに剣や槍で闘ったら瞬殺されそうな、運動神経の無さそうなデブヲタク系の兵士に、天下の名将・武田信玄が簡単に撃たれてしまうという衝撃。そのせいで、影武者が信玄の遺言に従って代理を務める事になるわけだが、彼が偽だとバレる原因が、馬に振り落とされるという出来事。信玄だけが乗りこなせたその馬は、姿形は瓜二つの贋物を、文字通りの動物的直感で見破ってしまったのだ。

これは結局、最強の騎馬隊を率いて天下に名を轟かせた武田信玄、という巨像が、鉄砲という最新テクノロジーによって、虚像と化してしまう様子を描いた映画だと言って良い筈。だから、最後に影武者が鉄砲に撃たれて死ぬ場面も必然。あたかも信玄が、ボロを纏った無名の足軽として撃たれたかのような無残な姿は、天下の名将という美名も、無数の名も無き骸の上に築かれたものなのだ、と訴えているかのよう。「本体無くして影は無い」(by.信廉)というほど影に徹した彼は、信玄の残した騎馬隊と共に特攻するしか道は無かったのだろう。

見事、武田の騎馬隊を打ち(撃ち)倒した信長だが、劇中で彼が舞う敦盛の「下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり」の言葉の通り、彼自身もまた歴史の舞台から消え行く定めにある事は、周知の通り。盛者必衰、諸行無常。合戦シーンのカタルシスや爽快感がほぼ皆無なのも、根本的に厭戦気分に貫かれた映画だからなのだろう。

三時間に渡る上映時間を、映像の美しさと独特の緊迫感で引っぱる力業には感服。ただ、もうちょっとメリハリってもんが有って然るべきだとは思う。上述のような骨格を持った作品なのだとしたら、武田の騎馬隊がいかに強く、それ故、敵将たちにいかに恐れられていたか、をもっと強く印象付ける必要があった。信長も家康も「信玄恐いッス!」ってシグナルは発しているものの、信玄の「何」がそんなに恐いのかが判然としない印象。日本人なら信玄が凄い人って事くらいは周知の事だとしても、「本物」の信玄が実際に強い所を見せてくれないと、偽者とのコントラストが弱くなる。

その点さえしっかり描いていれば、最後に、信玄の後を継いだ勝頼率いる騎馬隊が、信長の鉄砲隊の前に全滅していく場面のもたらす崩壊感、悲劇性が際立った筈。演出と脚本が、色んな意味で詰めが甘い。それはつまり、黒澤さん、貴方のせい。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] シーチキン[*]

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