[コメント] 乱(1985/日)
世間の評価はどうなのか分かりませんが、個人的にはまだ『影武者』の方が黒澤さんらしい出来だと感じました。『影武者』では辛うじて残っていた黒澤明の匂いが、とうとうなくなってしまった。確かにこの『乱』も黒澤映画であるとは思うし、むしろこれがクロサワ映画だと思う。だからこそ私はカタカナ表記される「クロサワ」に違和感を感じるし、私は頑なに黒澤と表記したい。そういう視点で言わせてもらえば、やはり私はこの『乱』からは黒澤明を感じる事が出来ません。
どこまでも真っ直ぐにリアルを追求し、どこまでも真っ直ぐに人間を見詰めてきた彼はどこに行ったのか。彼はいつの間にか"リアル"を履き違え、人間を愛さなくなってしまったみたいです。もちろん騎馬シーンはさすがに凄い迫力。あの美しい馬の群れの神々しさと言ったらなかったし、合戦での落馬シーンや落城した城内の炎や飛び交う矢の凄まじさにも瞬きを忘れるほど画面に食い入ってしまいました。けれどもそういうリアルだけを求めていた訳ではなかったでしょう、監督!とも言いたくなるんです。彼は常に画面から漏れる嘘くささを嫌い、馴染みを求めていたと私は思っていたのですが、アフレコの笛の音や石畳に滲む血糊のわざとらしさなど、どうも私は納得がいかない。(血糊は国宝の城での撮影だった為、どうやら光学合成らしいですが)
また登場人物の薄っぺらさにもどうした事かと頭を抱えたくなってしまいました。脚本段階では裏切りについてなどもう少し詳細に書かれていたらしいですが、あまりに露骨な描写でモデルが誰かという事が分かってしまう程だったとか。あれだけ人間を愛していた人だったから、不信に陥った時の落差も想像出来ますが、やっぱりそれはとても悲しい事だと思います。志村喬もいなくなってしまった今、いよいよもってあの黒澤映画が過去のものとなってしまった気がします。
思えば、この作品を見ていても三船敏郎がこの役を演じていれば…!という気持ちが湧いてきませんでした。もちろん秀虎を三船が演じていたら、それはそれでハマっていたとは思うけれども、そう思わせてくれなかった仲代達矢さんの演技を、むしろ素晴らしいと思います。
もしくは黒澤さんが意図的に三船を排除した結果がこれだったのかも知れないとも思う。三船(自身の体現者)を失った事により、魂をなくしてしまったみたいだ。(毎回未練がましく三船ネタを書いてしまってスミマセン)
また、個人的にはピーターは不要だった気がします。浮きまくっていた。あんなにも馴染みにこだわってきた人がこんな浮いた役をなんとも思わなかったのか不思議でしょうがない。
尺の長さを感じさせない画作りや迫力は黒澤ならでは。でもやっぱり私は悲しい。残り3作を見るのが怖いとさえ思う。
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09.07.07記(09.07.05DVD鑑賞)
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