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[コメント] 嫌われ松子の一生(2006/日)

彼女がなぜ歌うのかが最後までわからなかった。
tredair

サウンド・オブ・ミュージック』がそうであるように、『ブルース・ブラザース』がそうであるように、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』がそうであるように、

<歌う映画>の主人公達にはいつも「歌わずにはいられない理由」だけではなく、「もともと歌うひとだった」という特性があって当然だと思っていた。ひらたく言えば、身に染みついた「うたごころ」みたいな。

でもこの主人公からはそういったものがまったく感じられなかった。もと音楽教師という設定ではあれど、その職業に対する強いこだわりのようなものを感じさせてもらえる場面は残念ながらなかった。それどころか、いかにも腰かけ教師っぽくさえあった。その後の展開等を見ていても、音楽は彼女にとって単なるひとときのメシのタネでしかなかった、としか思えなかった。

だから彼女が歌えば歌うほど、その内容がシリアスであればあるほど、メッセージ過多であればあるほど、どんどん気持ちが冷めていってしまった。

「映画のつくりの一環として歌わされてるだけの主人公」が口ずさむ魂のない楽曲は、いくらポップにきらびやかにしたり顔で迫ってきたところで、ちっとも私の心には響いてこなかった。

私が見たいのは傀儡の松子ではなく人間の松子なのだがなぁ。単なる素材としての中谷美紀ではなく、ちゃんと演技のできる女優としての中谷美紀なのだがなぁ。空虚な歌がはじまるたびに、うんざりしつつそう思った。

いっそ『ロッキー・ホラー・ショー』や『8人の女たち』や『カタクリ家の幸福』くらい完璧なファンタジーであったなら、この「映画スタイルの映画スタイルによる映画スタイルのためのミュージカルシーン」も普通に、むしろ大喜びで受け入れられたのだろうけれど。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)煽尼采[*] レディ・スターダスト けにろん[*]

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