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[コメント] 太陽(2005/露=伊=仏=スイス)

まさにディスコミュニケーションの映画…だと思う(ちょっと弱気)
あまでうす

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 「だと思う」なんて小学生の感想文みたいな文末で恥ずかしいんですが、ほんとうに手に余る難解な作品だったのでそのつもりで読んでください。

 まず感じるのが、「会話のほとんどが成立してない」コトのもどかしさっちゅーかやるせなさ。狭い狭い閉鎖空間の中で、ヒロヒトと極わずかな取り巻きたちとのやり取りのみでこの映画の大半は占められているのに、そのことごとくが噛み合わないので、観客はイライラするやらハラハラするやら。そして誰しも、「ちゃんとヒトの話聞けや、おっさん!」とか「答えになってないぞ、それ!」とかヒロヒトにツッコミを入れたくてウズウズするはず。(それが素直な感想だと思う。)

 ヒロヒトは、始終もごもごと言葉にならない言葉を呟いている。周囲の人間たちには(そして観客にも)それはうかがい知れない。で、ごくたまにはっきりとした言葉が聞き取れる。たとえば「誰も私を愛していない」と。前後の文脈も無い、唐突なひとこと。侍従長がすかさず答える。「国民は愛しております」。でもその力強い返答にも、ヒロヒトはまったく無反応に見える。「ああ、そうだな」とも「いいや愛してなんかいないさ」とも言わないし、表情にも表れない。

 はっきり言って“白痴”に見えてしまう。「なんなんだコイツは!?」と。御前会議のシーンがその代表だ。閣僚たちが泣き、わめき、絶望と狂気を露にしているのに、「がんばれ」とも「特攻なんてやめとけ」とも言ってやらず、またもごもごととりとめのないコトを呟く。みな、何と反応していいかわからない。恐ろしい沈黙が場を支配する。私は身が凍る気がした。ディスコミュニケーション。意思の疎通の隔絶。そこにあるのはぽっかりとした空虚な孤独感だ。

 観客たる私は、ヒロヒトというこのキャラクターが抜け殻なのかと疑う。人らしい感情がないのか? さっき言ったように白痴なのか。でもそうでないとはっきりと示される。例えば平家ガニを見つめるときの表情で。「なんという驚異…」という胸を締めつけられるようなその呟きで。または、ひとりベッドの中で見る悪夢で。または、妻と子らの写真にそっと口づけをする仕草で。たったひとりでいるときにのみ、渦巻く彼の感情と想いが垣間見える。これ以上ないほど強く。

 この矛盾を解くカギが「太陽」というタイトルで、太陽とはすなわち現人神という不思議な概念に他ならない。人間のように見えるが、彼は神様なんだ、と。だから人間らしい好き嫌いを見せては(そして持っても)ならない。それはそのまま、個人的な感情 も、自分の意見も許されないということになる(現在でも、それは変わりませんよね?)。だから彼は側近たちに何も言わない。そして、側近たちも何も聞こうとしない。(無視している、といっていい。この無視を前提としている態度は、おそろしい事に痴呆症の老人に対するそれとまったく変わりがない。)

 これではコミュニケーションが生まれるはずがない。あるのは孤独の無間地獄だ。この世でたったひとり神であることの当然の帰結がこれなのだ。

 “ひとり芝居”の名手であるイッセー尾形がヒロヒトを演じる理由はまさにここにある。

 彼を現人神と思っていないアメリカ人と接触しても、悲しいことにこの孤独は変化しない。たとえ通訳を排し、言葉の壁を易々と越えてみても、相変わらずコミュニケーションは生まれない哀しさ。諦めたように口をつむぐマッカーサーの哀しさ、アメリカ人記者たちに囲まれて“珍獣”に徹してみせるヒロヒトの道化た姿の哀しさ。

 だが救いはちゃんとある。ヒロヒトがたったひとり苦悩して神であることをやめると決断した後の、皇后との短いやり取りだ。 やっぱりぎこちなくて、見る人によっては「コントみたいだ」と思われちゃうシーンだが、それでもこの映画ではじめて(やっと)人と人との触れ合いが感じられる瞬間だと私は確信している。「わたしはね、人であることに決めたよ」「そうじゃないかと思っていました」「うん」「でも今更そんなこと言う必要があるんですか?」「んー…うふふ」妻の肩に顔をうずめながらそう苦笑するヒロヒトが本当に泣ける。陳腐な表現だが、「心が通じ合った」というめくるめく甘い解放感がここにはある。

 まあ、侍従長の告げる「技師の殉職」によって、その解放感は突き放されてしまうのだが。

 そう、“現人神”にまつわるディスコミュニケーションは終わっていないのだ。きっと現在でも。

(評価:★4)

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