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[コメント] ブラック・ダリア(2006/米=独)

映画産業の偽者性や警察が常に悪の側に通底してしまう弱さやそこに群がる蟻のような人間たちが作る社会への視点を基調に持ちながら、個人の友愛や欲望の物語を語ってしまうところが、フリッツ・ラングの『復讐は俺に任せろ』へのレスペクトを感じさせもする。
ジェリー

螺旋階段からの落下や、マデリンという名前で呼ばれる女の登場など、確かに今回も『めまい』からの引用が伺えるのだが、もういつまでもヒッチコッキアンとして彼を特徴付けていても、何の新味ある発見も無いだろう。この作品は、カラー映画でモノクロ映画のフィルム・ノワールの語り口をどう再現するかという矛盾した課題を手堅く解決した作品という位置づけで見たほうが遥かに得られるものが大きい。

愛のメモリー』の物悲しく夢幻的な映像もよかったが、 ベテランヴィルモス・ジグモンド の映像は、黄金期の古典映画のもつ格式や典雅さや奥ゆかしさを持っており、 その古典性は結局、最近見かけなくなったワイプの多用や照明の使い方や登場する女優の顔やクレーン撮影の派手な活用などある種の古臭さをうまく取り入れることで形作られているのだが、決して剥げ落ちるめっきのような古典性の次元ではない、研鑽と工夫による地金からの古典的風格の域に達している。特にこの映画は階段が登場するときと、椅子が登場するとき映画は輝きを放つ。階段での高低を活かしたダイアローグの演出や、椅子に着席するときや立ち上がる時の俳優への演技付けは心憎いばかり。

正直猟奇殺人事件の背景の錯綜した人間関係は、全て明瞭に表現されうまく処理されているとはいいがたいのだが、その拙劣さは社会を描きこもうとしたこの作品の意気込みの現われという解釈でむしろ擁護してあげたい。その意味で現実社会とは関係なく作品世界を確立してしまうアルフレッド・ヒッチコックブライアン・デ・パルマとはそう似ているわけでもないと感じる。現役の警官を主人公とした本作と、退役して個人の世界に沈潜していった主人公を描いた『めまい』は表面的類似点に関わらず全く別の土俵に立っている作品なのだ。

人間の弱さに対する視点の持ち方は、むしろ『L.A.コンフィデンシャル』を経由してフリッツ・ラングの諸作品につながる印象を持つ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)くたー[*] たかひこ chokobo[*] shiono

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